R4年度 サポートプログラム

事業実施体制の整備と知見の還元

【各プログラムの概要】

  1. 事業推進体制
  2. 女性アスリート支援プログラム推進会議
  3. 知見の還元

1.事業実施体制

 HPSCの持つ資源を最大限に活用し、本事業を推進するため、部署横断的なステアリングチームと実働するワーキングチームを組織し、HPSC経営部門及び事業推進課と連携を図りました。

2.女性アスリート支援プログラム推進会議

 女性アスリート支援に関する有識者、JOC、JPC、JSPO等から構成される「女性アスリートの育成・支援プロジェクト/女性アスリート支援プログラム推進委員会(以下「推進委員会」という)を開催しました。プログラムが各課題の解決と適合しているか、その妥当性や有効性、事業効果等のモニタリング、第三者評価を含む検証・評価、改善のアイディア等について意見を集約しました。

3.知見の還元

(1)カンファレンスの実施

目的・背景

 HPSCは、日本のハイパフォーマンススポーツにおける競技力向上およびそれに寄与する取組の推進に資するため、年1回「ハイパフォーマンススポーツ・カンファレンス」を開催し、HPSCにおける各事業の取組・知見の紹介、国内外のハイパフォーマンススポーツに関する情報・先進事例の提供等を行っています。今年度はHPSCカンファレンスにおいて、本事業の成果を公表し、今後の女性アスリート支援について議論する場としました。

実施概要

■テーマ:Research for Evidence-based Support
■日 時:2022年12月19日(月)~2023年1月18日(水)
■場 所:オンデマンド配信
■参加対象:
・NF関係者(アスリート、育成・強化担当者等)
・研究者(大学、研究所、地域医・科学センター等)
・国内外スポーツ関係者(自治体、関連企業等)
・ハイパフォーマンススポーツの競技力向上・発展に資する者

■本事業セッションについて
・タイトル:「女性アスリートの育成・強化の段階に応じた女性の健康課題と支援」
・内容:
1. 女性アスリートに関する最新の知見
2. JOCエリートアカデミーの取組紹介
3. 対象選手1名のアスリート育成パスウェイと女性アスリート支援
4. まとめ

得られた成果

■オンデマンドの視聴記録
 HPSCカンファレンスでは8つのセッションがオンデマンド配信され、全体の申込総数は917名でした。申込者の所属区分は教育機関(大学等)が一番多く、次いでその他、競技団体の順となりました。役職区分で見ると指導者、その他、医・科学スタッフの順で多かったですが、アスリートの参加は全体の1.7%でした。また、セッションの総視聴数は3,117名で、総視聴時間は1,373時間19分20秒でした。本事業のセッション視聴数は226名で、視聴時間は129時間49分14秒でした。

■セッション:
 本事業でジュニア期をトータルサポート(トレーニング、心理、栄養)した女子選手の幼少期からのパスウェイを紹介しました。事例を通して、女性アスリート支援について育成・強化の段階毎に検討しました。女性アスリートに関する最新の知見、オリンピック出場選手等の婦人科調査についての紹介、JOCエリートアカデミーでの実際のジュニア期のアスリートへの取組についても紹介されました。本セッションを通して、女性アスリートに関わる方々が、それぞれの地域、立場、活動においてどのような支援を実施すべきかを考える機会が創出できました。

■事後アンケートの結果:
 カンファレンス全体の事後アンケートでは、37名から回答を得て、97.3%から好評を得ました。関心が高かったセッションの理由としては、「現在、県の女性アスリートサポート委員会の委員として活動しているが、方向性が不明確で、今後の方針が見直されていたところだった。国から地方に連携の取組があると聞き、その取組を期待したいと思った。」や「女性アスリートへの支援について、本県で取組もうとしている支援へのヒントとなった。」等があげられました。

今後の課題

 HPSC全体のカンファレンスに参加したため、例年に比べて視聴者数は大幅に増えましたが、事後アンケートの回収率が低く、広く参加者の声を収集することができませんでした。直接現場の意見を聴く貴重な機会として、フィーバック方法については再考することが課題となりました。開催方法や他組織との連携等は引き続き検討すべきです。今後も本事業の周知に努め、カンファレンスの開催を継続し、幅広い発信を工夫していくことが重要です。

(2)ホームページ等による情報発信

 本事業では、女性アスリートのサポートに関する映像や刊行物等を女性事業専用Webサイトで公開し、併せてSNSも活用した情報を広く周知しました。また、2018年度に開設されたスポーツ庁委託事業「女性アスリートの育成・支援プロジェクト」ポータルサイト内で女性アスリートに関する情報を提供しました。過去にスポーツ庁から委託された団体等に依頼し、研究成果等の情報を更新しました。ママアスリート情報や活動報告書、関連機関の最新情報等を本事業Webページに更新し、刊行物「Female Athletes Support Program:Program Guide」(英語訳付き事業案内)「Training Guide Book」も新たに作成しました。

女性アスリートの健康課題に関する成長期アスリートや指導者等の理解促進

【各プログラムの概要】

  1. 教育プログラムの展開
  2. 教育プログラムのパッケージ開発
  3. 地域女性アスリート支援方策の検討

1.教育プログラムの展開

目的・背景

 女性トップアスリートを支援していく中で、ジュニア期からの支援体制の充実が重要であり、成長期のアスリートに寄り添う保護者や指導者に対してもアプローチをすることにより、更に多くの適切な支援が可能となります。そこで、HPSCでは9歳~18歳程度の成長期女性アスリート等を対象として、女性ジュニアアスリート及び保護者のための講習会、女性ジュニアアスリート指導者講習会、ライフプランを見据えた女性アスリートの健康に関するオンライン講習会等を現場へ展開してきました。講習会では、成長期の心身の変化に対し、アスリート・保護者・指導者等が柔軟にかつ継続的に対応できるような知識の提供に努めました。また、成長期に起こりやすい各種障害について理解を深めることや、保護者、指導者等には効果的なサポート活動を実現するための学習の場の提供にも力を入れてきました。令和4年度は、特に開催希望の多い婦人科分野に焦点を当て、オンライン講習会を「e-learningによる教育プログラム(以下「e-learning」という。)」と名称を変更しました。女性ジュニアアスリートのより充実した競技生活へ繋げることを目的として、引き続きこれまでに得られた知見を展開しました。

実施概要

 2021度に開発した教育コンテンツを更新し、e-learningを作成しました。Youtubeにアップロードし、オンラインによる動画配信にて教育プログラムを現場へ展開しました。成長期アスリート、指導者等を対象として実施しました。アスリート育成パスウェイの各段階に応じて、計4団体で実施しました。詳細は以下のとおりです。また、展開時には受講するアスリート及びその指導者などへのアンケート調査により、その効果や課題を明らかにし、改善策を検討しました。

得られた成果

 対象は女性だけでなく、男性のアスリートも対象とし、婦人科だけでなく第二次性徴や貧血等、成長期のアスリートに必要な知識を提供しました。男女合同でのトレーニングや、近年は男女混合種目も増えており、共に練習、競技する女性アスリートの課題を知ることを有益と考える競技も少なくありません。将来指導者になった時の知識としても役立つものと考えました。また、女性アスリートの選手の指導者、保護者へも講習会への参加を促しました。講習会を通し、成長期アスリート、指導者、保護者が抱えている課題、必要としている情報を集約したことにより課題が明確となりました。また、トップレベルのアスリートと、地域のジュニアアスリートでは講習会の機会や知識レベルの差があり、地域における情報提供の機会や支援体制の整備についての課題が明らかとなりました。

今後の課題

 e-learningは情報提供の手法として有効ですが、質疑応答が難しいなどの課題もあるため、婦人科医師等による講習を実施する形式のほうが個々の課題解決につながりやすい可能性があることが示唆されました。

2.教育プログラムのパッケージ開発

目的・背景

 2013年度に、NF等が開催する講習会や指導現場で活用することを目的としたテキスト「成長期女性アスリート指導者のためのハンドブック」(以下「ハンドブック」という)を婦人科、整形外科、栄養、心理及びトレーニング各分野の専門スタッフにより作成しました。また、本プログラムで開催してきた講習会の様子をストリーミングにて配信し、その動画をパッケージ化し、女性ジュニアアスリート教育コンテンツとして冊子にまとめました。NFや地域等の指導者がそれぞれに見合った独自の講習会を開催し、学んだ知識の伝達を担えるよう、ストリーミング配信の活用をすすめてきました。今年度は、これらの情報の更新およびe-learningによる教育プログラムと講習会をセットにしたパッケージの開発を目指しました。

実施概要

 ライフプランを見据えた女性アスリートの健康に関する知識をR3年度にまとめた教育コンテンツを発展させ、e-learningによる教育プログラムを開発しました。また、教育プログラムを地域で展開した際に、成長期のアスリートが主に活動する地域レベルにおいて、女性アスリートが健康課題について相談することができる人材の配置に向けて、その人材の要件や支援体制などについて検討を行いました。

得られた成果

 月経に関する内容を中心として、二次性徴から妊娠・出産に至るまで女性アスリートが抱える健康課題を包括的に集約し、成長期から将来の人生設計を考えるきっかけになる e-learningが開発できました。内容についてはスポーツドクターや研究員、本事業スタッフを中心に精査し、各30分程度の2部構成としました。婦人科講習会Ⅰでは、二次性徴、月経・月経周期とは、月経周期に伴う症状を取り上げ、婦人科講習会Ⅱでは無月経、貧血、月経周期調節・コンディショニングをテーマとしました。

今後の課題

 これまでHPSCで実施してきた講習会で、NFや地域等の指導者、関係者がそれぞれのニーズに応じた独自の講習会を開催し、学んだ知識の伝達を担ってもらう必要があると呼びかけてきました。成長期ジュニアアスリートに必要な知識を広く浸透させる普及方策は、ホームページ掲載や冊子の常設等により浸透しました。一方で、女性アスリートに関する最新の情報を精査し、目的に合わせて更新していくことが必要となります。対象者へのアンケート調査からは、e-learningによる情報提供は有効であることが明らかでしたが、パッケージ開発としては地域の相談窓口となる婦人科医等との連携が必要です。講習会+講師+相談窓口がセットとなったパッケージの開発とそれを用いた地域女性アスリート支援体制の整備について検討を進め、地域等でより広く教育プログラムを展開できる基盤を整えていきたいと考えます。

3.地域女性アスリート支援方策の検討

目的・背景

 女性トップアスリートを支援していく中では、ジュニア期からの支援体制の充実が重要ですが、成長期アスリートの多くは各地域で競技活動を実施しています。こうした地域を拠点に活動する成長期アスリートが、より頻度高く情報を得られたり、相談できたりする環境を整えるため、HPSCが運営する地域タレント発掘事業のネットワーク「ワールドクラス・パスウェイ・ネットワーク」を活用し、支援方策を検討することとしました。地域では未だ情報への感度が低く、成長期の女性アスリート向けセミナー等はあまり実施されていない状況が推察できることから、実際にプログラムを提供することでその必要性の認識を高めつつ、地域の実情について情報収集しました。また、継続的に情報を流通させるため、地域で中心となって女性アスリート支援を推進する可能性のある人材について調査し、地域タレント発掘・育成事業担当者及びHPSCとのネットワーク構築を試みました。

実施概要

 地域へのプログラム展開方法として、開発したe-learningを活用した講習会のトライアル実施協力地域を募集し、2地域でタレントアスリート及び保護者にプログラムを提供しました。現地ではプログラム提供とともに、地域タレント発掘事業担当者や地域で活動する婦人科医等の関係者にヒアリングを実施しました。

得られた成果

 各地域にはスポーツ医科学支援を担う体制が整備されていることが多いですが、この中に婦人科医が含まれていないケースが多いことが明らかとなりました。今後、地域のタレント発掘事業等と地域の婦人科医との連携体制構築や、婦人科医への情報提供スキーム、これらのネットワーク化を図ることにより、地域における女性アスリート支援体制は改善する可能性が示されました。

今後の課題

 今後も引き続き連携可能な各地域の人材を調査し、地域行政及びHPSCとのネットワーク構築を図っていきます。

産後の競技復帰を目指すアスリートへのトータルサポートの実施

【各プログラムの概要】

  1. 妊娠期・産後期・育児サポートの実施
  2. HPSCにおける恒常的な育児サポート体制の整備
  3. 国外の事例調査

1.妊娠期・産後期・育児サポートの実施

(1)妊娠期・産後期トータルサポート

目的・背景

 一般的に、出産後は出産前と比較すると体力が著しく低下するケースが多く、アスリートにおいてもそれは例外ではありません。出産後の女性がトップアスリートとして国際大会で活躍できるレベルを目指すためには、一般のアスリート以上に競技に集中できる環境を整備する必要があります。妊娠期は一般的にも胎児自身や胎盤、羊水、出産に備える母体の血液増加や組織量変化に伴い体組成の変化がありますが、アスリートにおいては妊娠期にトレーニング量が減少することによる体組成の変化も考慮する必要があります。妊娠期間と分娩による大きな身体変化に伴い、出産後の選手には腰痛や骨盤帯痛、恥骨部痛、尿失禁等が引き起こされたり、長期間練習及び身体鍛錬的トレーニングを実施していなかったことにより筋力も低下したりする可能性があります。このような身体トラブルを抱える中で、育児・授乳をしながらトレーニングを再開したり、食事を調整・管理したりしていくことは難しいです。早期競技復帰を目指していく上では、妊娠・出産による心身の変化について専門家が評価、サポートし、適切なタイミング、強度での妊娠期トレーニング継続、出産後のリハビリ、トレーニング再開、育児環境の整備が必要となります。

実施概要

 出産後、競技に復帰して国際大会を目指す女性アスリートのうち、NFから推薦のあった者を支援対象とし、機能評価・トレーニング・栄養・心理分野におけるサポートを実施しました。概要は以下のとおりです。
■妊娠期におけるトレーニング・栄養サポート:1名
■妊娠期におけるトレーニング・栄養・心理サポート:2名
■産後期におけるトレーニング・栄養・心理サポート:2名

 妊娠期及び産後期ともに産科主治医よりトレーニング開始の許可を得た後、評価・サポートを実施しました。産前の評価は妊娠中期、妊娠後期に実施、産後の評価は産後1か月、2か月、3か月、6か月、12か月に実施しました。サポートについては、選手と専門家が相談したうえでサポート日を設定しました。

 医師によるメディカルチェックでは、産前及び産後に婦人科診察、整形診察、血液検査、骨密度測定(産後のみ)を実施しました。婦人科及び整形診察では、理学療法士やトレーニング指導員も同席し、担当医師と一緒に問題ないこと確認して評価・トレーニング指導を実施しました。血液検査及び骨密度測定のフィードバックは産婦人科医が行い、結果は栄養スタッフにも共有し栄養サポートへ繋げました。また、産後の整形外科診察では主に骨盤部の状態を確認し、自覚症状がある場合や医師の判断でMRIを撮影しフィードバックを実施しました。

 理学療法士による身体機能評価では、問診と触診・視診・超音波画像診断装置を用いた体幹深層筋の評価を実施しました。評価結果から得られた問題点と、どのように問題を改善させるか、そして適切と考えられる運動内容と負荷設定について随時トレーニング指導員と情報を共有しました。

 トレーニング指導員によるトレーニングサポートでは、産前は「安全な出産のために、柔軟性と可動域の維持と向上、筋力維持」を目的としました。産前プログラムを実施するにあたり、安全管理として産婦人科医による経膣・経腹エコーで子宮頸管長や胎児心拍数を確認しました。トレーニング指導員は、診察及び機能評価の内容を加味し、母体・胎児の安全を第一に考えたプログラムを個別に作成しました。あくまで安全な出産のため、妊娠経過や数週に応じてプログラムをアップデートし、柔軟性と可動域の向上、筋力維持を意識したエクササイズを実施しました。産後は「練習及び身体鍛錬的トレーニング(強化を目的としたウエイトトレーニング)を実施できる身体をつくること」を目的としました。分娩の方法や状況、出産に伴う身体の損傷がそれぞれで異なり回復の経過は一律ではないため、アスリート及びスタッフがともに目標大会を設定しました。メディカルチェック及び機能評価で身体の状況を確認したうえで、トレーニングを実施しました。また、効果的な評価方法の実施及び検討として、科学部研究員とともに産前・産後にBLS(Body Line Scanner)、FAAB(Functional Assessment for Athletic Body)、COP(Center of Pressure)の測定を行い身体の経過を評価しました。

 管理栄養士による栄養サポートでは、食事摂取状況調査・体組成測定・授乳状況・トレーニング状況・鉄栄養状態・骨密度の把握を行いながら、競技復帰に向けた体組成の変化と共に、育児・授乳をしながら食事を調整・管理に関する情報提供を行いました。炭水化物摂取量不足によるエネルギー不足や胎児の発育や母体の変化(体重増加)とあわせて炭水化物目安量やエネルギーバランスについて確認をしました。また、不足がちな鉄分についても妊娠後期は特に必要量が増えるため積極的な摂取を勧めました。

 心理スタッフによる心理サポートでは、選手一人ひとりの面接を通して、一般的に知られている妊娠、出産、子育てに関する情報提供を行うと共に、アスリートとして、あるいは競技継続を目指すために生じる心理的な課題に対してサポートを実施しました。産前は定期的な面接でのサポート、産後は日本版エジンバラ産後うつ病自己評価票、育児勘定尺度、JISS競技心理検査にて評価・フィードバックを実施しました。

得られた成果

 トータルサポートの令和4年度の対象者は5名、サポート実績は133件でした。昨年度からの継続選手を除いては、4名すべてが新規対象者でした。新規対象者のうち、2名が産前から、2名が産後からのサポートでした。また、2名がパラリンピック競技選手でした。移行期であった4月1か月中は既存サポートの枠組みの中で産前・産後プログラムを実施、2名のサポート選手が産後プログラムを実施しました。以前より、各分野既存スタッフが連携してサポートを実施できるよう体制整備をしていた結果、切れ目ない支援に繋げることができました。既存サポートの枠組みで実施していく中、サポートまでの流れや各分野評価時期及びに実施項目、支援対象者の情報共有が不十分であることが課題として挙げられました。今年度は昨年度に比べ対象者数も増加したため、女性支援サポートスタッフ内での情報共有の強化、既存サポート事業スタッフへサポートフロー図やチェックリストを作成し、サポート内容をより明確化しました。その結果、医師の助言を得て一部サポート内容の見直しや、評価時期及び実施項目を更に具現化していく必要がある等、新たな課題も見つかりました。選手においては定期的な評価を実施し、各分野評価した後は必ずフィードバックを実施しました。評価結果は各専門スタッフで共有し、身体状況に合わせた目標設定の見直し、プログラムのアップデートを行い、より選手のニーズに合わせたサポートができました。

今後の課題

 既存サポートの枠組みの中で産前・産後プログラムを実施できる体制が構築され、選手の目標設定に合わせたサポートを実施することができました。新規対象者のうち1名の選手からは産前の時は女性アスリート支援を知らず受けられなかったが知っていれば産前から受けたかった、という声が挙がりました。SNSやホームページを利用した情報発信や競技団体に向けた利用案内を発信していますが、選手には届いていない現状がありました。一方で、3名の選手は、先輩アスリートから本事業のことを聞きサポートを受けるきっかけになった、と話していました。妊娠、出産を経て競技復帰をしているアスリートがいるという事例は、女性アスリートのライフプランを考えるきっかけになると考えます。それを踏まえた上で、情報発信の内容や方法等を検討する必要があります。また、産前・産後プログラムの事例蓄積が進み、運動強度や運動頻度、復帰時期等、個別性は高いがある程度基準が定められてきているため、一般化するために情報の整理を行う必要があります。出産後も競技を継続するかは選手の判断次第だが、一つの事例として競技復帰をしている女性アスリートがいること、競技復帰までの過程や医・科学情報が明らかになっていると、出産後も競技を継続することが選択肢の一つとして加わるため、情報を整理した上で発信できるよう準備していきたいと考えます。

(2)地域連携ロールモデルプラン

目的・背景

 JISSではこれまで12名の女性アスリートを支援対象として、妊娠期・産後期トレーニングサポートプログラムを実施してきました。支援する中で、妊娠、出産、育児から円滑な早期競技復帰には、産後評価、多分野連携、支援体制の整備(託児室、育児サポート)が重要であることがわかりました。産後競技復帰を目指し、本事業の支援を希望しているにも関わらず、地理的な関係からJISSでの支援を受けることが難しい選手が存在し、本人と所属先より相談を受けたことから、令和元年度より地域連携ロールモデルプランを実施してきました。

実施概要

 NFや地域の特性に合わせた妊娠期・産後期トレーニングサポートプログラムを実施しました。JISSが行ってきた妊娠期・産後期アスリートの評価方法や支援体制等をパッケージ化し、他の組織で実施しました。対象選手の所属するNFの指導の下、勤務先、所属チーム、チームの所在地方自治体、地域の専門家(婦人科医、理学療法士、管理栄養士、スポーツメンタルトレーニング指導士等)が連携を図り、JISS専門スタッフから伝達を行いました。伝達を受けた地域の専門家が、対象選手の活動拠点で競技復帰への支援を行い、モデルケースとしてその経過をモニタリングしました。

得られた成果

 地域連携ロールモデルプランの対象者は1名、サポート実績は6件でした。昨年度より継続してサポートを実施している団体は、競技団体と所属チームが連携を図り、理学療法士が中心となり競技復帰に向けたプログラムを実施しました。また、育児サポートを活用し、競技と育児を両立にも繋がりました。一方で、活動拠点でのメディカルチェック体制が構築されていないことが課題であり、HPSCと同様のサポートが受けられることを希望していたので、地域の医療機関と連携を図り、希望している内容を実施しました。地域での体制整備及び医療機関との連携は可能となったが、選手のニーズには一致せず、定期的なサポートには繋がりませんでした。金銭面やスケジュール調整等一般の医療機関と連携することの難しさや、連携先の方針に沿った中でサポートを実施する際のフォローアップが課題であることが明らかになりました。

今後の課題

 競技復帰までの経過においては、家族や所属チーム、NF、病院等と連携して、女性アスリートの個々に応じた支援体制の構築が求められます。現在、女性アスリート支援が全国で拡大されつつあり、NFや地域等においても女性アスリートが気軽に相談できる機運が高まっています。日本全国各地域で妊娠期・産後期アスリートの支援体制を構築していくためには、女性アスリート外来を実施している病院等と連携し、サポート事例やサポート内容を広く発信・伝達していく必要があります。今回はHPSCのネットワークを利用して地元の病院との連携先を求めましたが、種目変更で選手も多忙を極めたこともあり、新たな支援体制の構築には苦慮しました。また、連携先の地域の病院は既存の運営の中で選手を受診するため、同様の項目で評価できたとしても選手一人にかける時間や選手が希望する対応が叶うとは限りません。今後は練習拠点の近隣にある連携先に関する事前のモニタリングやサポートスタッフ間の関係構築が課題です。

(3)子育て期における育児サポートの実施

目的・背景

 育児サポートは、子育てを行いながらトップアスリートとして競技を継続できるよう、アスリートの競技環境を整備することを目的としました。これまで休日練習、大会、合宿での遠征等は、普段の保育園では対応できない場合が多く、また合宿会場や大会会場でも、託児室の設置といった施設環境が整っていないといった現状があり、このような課題解決へのアプローチとして、育児にかかる経費の一部を負担してきました。2018年度から2020年度までは、NFやスポーツ団体へ育児サポートを再委託し、託児室設置及び育児サポートに係る課題等をNF等の視点から明確にしました。令和3年度からは妊娠期、産後期、子育て期を包括的な切れ目のない支援となるよう育児サポート事業を実施してきました。さらにHPSC内で託児室の利用が制限される状況に備え、HPSC周辺の地方自治体や保育施設の連携を構築するよう近隣補遺育施設の受け入れ状況を調査しました。

実施概要

■育児サポート支援対象者
 2022年度は、妊娠期、産後期サポートまたは2021年度より継続の6競技6名(実施は4名)、新たに3競技3名にヒアリングを行い、7名に育児サポ―ト支援を実施しました。支援対象者は以下のとおりです。


 

■育児サポート対象経費
 育児サポートの形態として、「育児サポート協力者(以下「協力者」という。)に育児サポートを依頼する場合」と、「一時保育やシッター派遣サービスといった民間又は公的なサービスを利用する場合」との大きく2つに分類し、育児サポート対象となる経費を整理しました。 また、経費の対象を定める際は、長期遠征、休日練習及び競技大会といった普段の保育園等では対応できないような、アスリート特有の状況下で発生する経費であることを基準とし、普段通園する保育園の経費や休暇時に協力者に育児サポートを依頼する場合の謝金等は対象外としています。

■育児サポート事例
 実施した育児サポートの実績については、以下のとおりです。

※「支援対象者数」はサポート実績のあった支援対象者7名のうち、該当する形態のサポートを実施した人数を示す。
※「育児サポート件数」はサポートの延べ日数ではなく、支援対象者からの申請件数をもとにカウントした。(例:全日本選手権中の5日間、育児サポートを実施した場合は1件としてカウント)

得られた成果

■支援対象者からの評価
 2021年度に続き再委託ではなく、支援対象者に直接育児サポートを実施したことにより、生の声を聴くことができました。年度末には支援対象者からアンケートにて意見を収集した結果、「集中して競技に専念できた。育児と競技の両立にメリハリがつき、競技だけでなく子供と接する質も上がったと思う。育児サポートについて周りの方に知っていただく機会になった。」といった声が上がりました。また、東京2020大会の1年延期により、次のパリ2024大会開催に向けた準備期間が短くなり、合宿や試合等が集中しました。JPCからの依頼や問い合わせを含め支援対象者が増えたのは、サポートがアスリート、競技団体関係者にも認知、支持されていることが示唆されました。
■ニーズに合わせた切れ目のない支援
 近年は育児サポートをNFやスポーツ団体等へ再委託していたため、妊娠期・産後期からサポートが途切れてしまうアスリートが見受けられましたが、子育て期まで継続して切れ目なく支援することができました。育児サポートの令和4年度の対象者は12名、サポート実績は37件、ヒアリングや質疑応答を含めると併せて47件となりました。競技と両立するためには、妊娠から出産、子育てに至る一連の支援の必要性が改めて理解できました。

今後の課題

 ママアスリートがメディアで取り上げられる機会が増え、子供を連れて競技を継続する環境が理解されるようになってきています。今後も包括的に切れ目なく支援していくためには、HPSC周辺の地方自治体や保育施設の連携を構築し、アンケートより得られた情報をNFやスポーツ団体、自治体、地域連携も含めた関係者等に伝達し育児サポートの重要性及び有用性の認識を促していきたいと考えます。活動拠点が全国どこにあっても安心して活動が続けられるよう、支援対象者や所属団体が自ら支援環境を整備していくことにも尽力する必要があります。

2. HPSCにおける恒常的な育児サポート体制の整備

 HPSCにおける育児サポートを強化するため、HPSC近隣保育施設との関係構築に向けた実態把握や行政及び保育施設へヒアリングを実施しました。

3. 国外の事例調査

 ハイパフォーマンススポーツに関わる女性アスリートへの医・科学サポートを実施するにあたり、女性アスリート等が効果的・効率的に競技に携われるような環境整備に向けて、国際学会等での情報収集や国内外の関係者との意見交換を行い、産前・産後プログラム及び育児サポート等、女性スポーツに関する国際的な先進事例を調査しました。具体的には、フランス国立スポーツ体育研究所(INSEP)を訪問し、フランスにおける女性アスリート支援について、INSEP婦人科医のスポーツドクターと意見交換を行いました。また、第8回国際女性スポーツワーキンググループワールドカンファレンス5つのテーマ「Leadership、Social change、Active Lives、High Performance、Visibility and Voice」について99セッションが開催されました。海外出張やHPSC訪問者、オンライン会議等での対話も含めて、様々な国における幅広い関係者とコミュニケーションを図り、女性アスリートに関する情報収集等を通じて先進事例の理解に努めました。引き続き国内外での学会等での発表や参加を通して、日本での女性アスリート支援の取組について今後も一層発信していく所存です。

ハイパフォーマンススポーツに関わる女性アスリートのための相談体制の構築

 JISSクリニック及びコンディショニング課で実施されている各サポート実績は1033件、JOCエリートアカデミー生の受診数は808件、女性アスリートの健康課題についてクリニック内における受診数は134件でした。 相談窓口のみならず、クリニックの外来診療、メディカルチェックなどと連携しながら健康課題を有する女性アスリートのスクリーニングを実施し、早期発見に務めました。包括的な支援を必要とするアスリートに関しては、専門家と事業スタッフが定期的なカンファレンス等で連携することにより、適切な支援を提供しました。相談窓口の設置では、専用メールフォーム及び電話にて、相談件数が10件あり、担当看護師と専門家が連携し問題が解決できました。医・科学的な相談が3件、本事業サポートに関する相談は7件でした。相談件数が少数であった要因として、前述のクリニック、メディカルチェックとの連携によるスクリーニングが機能したことによる可能性が考えられます。今後、競技団体への調査等により今後の事業方針を検討する必要があります。AthletesPort+LiLiの利用者拡大に向けて、コンディショニングアプリに関するアンケート調査を実施しました。選手323名、指導者31名から回答を得て、AthletesPort認知度はアスリート8%、指導者61%でした。アスリートの多くはAthletesPort+LiLi以外のコンディショニングアプリを利用している可能性があるため、ウエアラブルデバイス等を用いたデータ取得の簡便化、高度化を推進し、利用者の増加を図りたいと考えます。令和5年度は、外来診療、メディカルチェック、相談窓口が連携した相談体制を推進します。その一方で選手、コーチの認知度についてはアジア大会等の機会を通じて新たに調査を実施、実態の把握に努めます。前述の通り、さらに効果的なサポートに向けてAthletesPortとウエアラブルデバイス活用した支援トライアルを実施します。

オンライン・プラットフォームによる女性アスリート支援に関する情報発信の検討

 国内の女性アスリートの健康課題に関するウェブサイトの調査を実施しました。その結果、多くのサイトの内容は成長期のアスリートには難解であること、国内のサイトには様々な情報が掲載されているがどこに行けば必要な情報に行き着くかが不明瞭であることが明らかとなりました。これらの課題を解決すべく本事業で構築するオンライン・プラットフォームの仕様書を策定しました。また、オンライン・プラットフォームに掲載するコンテンツについて体系立てて整理しました。令和5年度にはオンライン・プラットフォームの構築および、トライアル運用開始を目指します。

ページトップへ