R5年度 サポートプログラム

事業実施体制の整備

【各プログラムの概要】

  1. 事業実施体制
  2. 女性アスリート支援プログラム推進会議

1.事業実施体制

 HPSCの持つ資源を最大限に活用し、本事業を推進するため、部署横断的なステアリングチームと実働するワーキングチームを組織し、HPSC経営部門及び事業推進課と連携を図りました。

2.女性アスリート支援プログラム推進会議

 女性アスリート支援に関する有識者等から構成される推進会議を開催し、事業の妥当性や有効性、改善のアイディア等について助言を受けました。

女性アスリートトータルサポート

【各プログラムの概要】

  1. 相談窓口等の設置
  2. 専門スタッフが連携したトータルサポート
  3. AthletesPort、ウェアラブルデバイスを活用した支援の高品質化

1.相談窓口等の設置

目的・背景

 多くの機関・団体が女性アスリートに関連する研究・支援に取り組んでおり、より効果的な支援を展開していくためには、各機関・団体間のネットワーク並びに連携体制を強化する必要があります。女性アスリートの戦略的強化に向けた調査研究の受託者等と連携し、今後より一層の女性アスリート専用相談窓口の拡充が求められています。これらの背景のもと、女性アスリートの問題解決を目的として、既存の電話相談窓口の形態を変更し、2018年8月にJISSウェブサイト上でメールフォームでの女性アスリート相談窓口を開設しました。2022年度の調査によると、メールによる相談窓口件数は少ないものの、JISSクリニックでのメディカルチェック(MC)、外来診療は相談窓口機能を果たしています。そのため、2023年度からはウェブ相談窓口、MC、外来診療の3つを「相談窓口機能」と総称することとしました。

実施概要

 ウェブ相談窓口への相談メールは週1回担当看護師が確認し、JISS内の各部門担当者のコメントやJISS及び外部機関の紹介等の内容を1週間以内に返信しました。外来診療、MCについては、女性の健康課題について相談をうけ対応したものをカウントしました。

得られた成果

 2023年度の相談窓口利用者は8名(アスリート4名、スタッフ4名)で、内容については婦人科系が6件、その他が2件でした。また、JISSクリニックで連携して対応した受診件数としては計73件で、そのうち、婦人科は40件と最も多い件数となりました。

女性アスリート相談窓口機能件数は4月10件、5月12件、6月10件、7月11件、8月7件、9月3件、10月4件、11月11件、12月5件、1月2件、2月1件、3月5件の計81件でした。

今後の課題

 MC、外来診療等の対面での相談対応は効果的ですが、匿名性の高い女性アスリート相談窓口も運用を継続していきます。また、窓口の周知についても工夫が必要であるため、引き続き有効活用の方策を検討していきます。

2.専門スタッフが連携したトータルサポート

目的・背景

 JISSクリニックではMCを実施しており、検査や治療等、必要があるアスリートに対して外来受診等を推奨しています。そのなかで、婦人科問診票については内科医がチェックを実施しており、女性アスリートのより包括的な支援に繋がっています。また、女性の健康課題を抱えるアスリートには看護師が直接声をかけ、JISS婦人科や地元の婦人科への紹介、冊子配布により指導する場合もあります。そこで、実際に女性アスリートに対してどのような包括的支援が実施されているかを把握するため、JISSクリニック内における医・科学サポートの実績数調査を実施しました。

実施概要

 JISSクリニック及びアスリートリハビリテーション、コンディショニング課といった全分野の協力のもと、各サポート実績数を月ごとに表で取りまとめを行い、毎月の定例会にて報告しました。

得られた成果

 各サポートでカウントされた実績は、以下のとおりです。
  ・女性アスリート包括的支援のクリニック受診数:289件

今後の課題

 実績数調査により、スポーツ診療における女性アスリートの包括的支援の実施状況等が明らかとなりました。引き続き女性アスリートに切れ目なく支援できるよう、各分野間の相互補完的かつ連続的な医・科学サポートについて見える化を図り、今後もアスリートの実態を整理していく必要があると考えています。

3.AthletesPort、ウェアラブルデバイスを活用した支援の高品質化

目的・背景

 女性アスリートのコンディション管理ツールであるLiLiについてはHPSCが開発したアスリートポートにその機能を組み込むことにより、より多くの女性アスリートを支援することができています。一方で、毎日データを手入力する必要があることから、時代に合った高品質なコンディション管理を目指して、ウェアラブルデバイスを活用した支援のトライアルを行いました。

実施概要

 アスリート計11名(妊娠期・産後期7名、診療4名)に対して、ウェアラブルデバイス(オーラリング、ソクサイ)の貸し出しを行い、利用前、利用中にアンケートを実施しました。

得られた成果

 利用前・利用中のアンケートで、「競技力に影響があると思うコンディショニング項目(栄養、睡眠、疲労回復方法等)は何か」をトライアル対象者に尋ねたところ、診療及び産後の両区分とも「睡眠」が最も影響していることが示唆されました。 また、利用中のアンケートからは「コンディションが可視化できる。回復率が可視化できる。睡眠の質を意識するようになった。コンディションの改善を実感。パフォーマンスが改善。」という意見が得られました。リング型ウェアラブルデバイスは、特に睡眠の質の記録に優れており、コンディションの確認や改善に効果的でした。さらに、月経周期の予測、確認もできるため、今後も女性アスリートのコンディション管理に更に役立つと考えられます。

今後の課題

 リング型ウェアラブルデバイスは家事や育児、競技特性等、装着が適さない場面があるため、アスリート自身がデバイスの形を選択して利用できるよう検討する必要があります。今回はトライアルでの実施でしたが、利用の機会によってアスリートのコンディション管理についての意識が更に高まり、デバイス利用が浸透していくことを期待しています。

女性アスリートの健康課題に関する成長期アスリートや指導者等の理解促進

講習会の実施

目的・背景

 女性アスリート支援に関する事業を推進する中で、女性の健康課題に関する様々な知識についてはトップアスリートになってから学ぶのではなく、そこに至る過程の中で学ぶ必要があるという指摘があり、女性アスリートの健康課題に関する成長期アスリートや指導者等の理解促進を推進してきました。2022年度はe-learningのプログラムを用いた講習会を2つの団体に実施しました。また、e-learningのプログラムを用い、現地に婦人科のドクターを講師として派遣した地域での事例では、講習会後に、講習会中には質問できない個々の課題について相談するアスリートが多数おり、単純なe-learningの視聴だけでは課題が解決しないことが浮き彫りとなりました。2023年度も統括団体や、NF等と連携しながら、アスリート、保護者、指導者等が成長期アスリートの心身の変化に対し、柔軟かつ継続的に対応できるよう知識を提供し、より充実した競技生活へ繋げることを目的として、講習会を実施しました。講習会の実施にあたっては、講師の入替等を行いながら、講習会ができる人材を増やし、将来的にはNFが地域の医師や専門家に講習会を依頼できる体制の整備について検討を行いました。

実施概要

 講習会の実施にあたり、これまでJSCが実施してきた成長期女性アスリートに関する講習会や、2022度に展開したe-learningによる教育プログラムで得られた課題を抽出し、講習会対象者の検討、コンテンツのブラッシュアップ、講習会の流れの整備、HPSC内での連絡・調整等を行いました。

得られた成果

 受講者の総数は、12歳~34歳の男女アスリート180名(女性147名、男性33名)、指導者57名(女性37名、男性20名)、保護者9名(女性のみ)、計246名でした。本講習会では、男性アスリートも対象として、婦人科だけでなく第二次性徴や貧血等、成長期のアスリートに必要な知識を提供しました。男性アスリートが、将来指導者になった時にも本講習会の知識は役立つとの意見が挙がっています。また、一部の講習会では、対面とオンラインのハイブリッド開催を実施し、地域の指導者や保護者等の参加も得られました。事後アンケートによると、全体の満足度は、アスリート98%、指導者96%、保護者89%と高評価でした。

女性アスリートの健康課題に関する講習会の受講者数は5月34人、6月37人、7月14人、8月18人、9月41人、10月8人、12月24人、1月70人の計246人でした。

今後の課題

 各競技団体等を対象としたHPSCでの講習会の実施は、女性アスリートの健康課題に関する成長期アスリートや指導者等の理解促進に有効です。しかし、より多くのアスリートに知見を展開するためには、オンライン・プラットフォームや地域のネットワークの整備を推進していくことが求められます。また、2023年度に作成したコンテンツはベーシックな内容とし、種目に関わらず使用可能なものとしました。一方で、より競技に特化した内容や個別の事象に対応できるバリエーションも必要になります。さらに、最新のスポーツ医・科学情報に対応し、講習内容を更新していくことも課題となっています。講習会では一部機器の不調やインターネットの接続状況により、予定外の対応が求められることもありました。そのため、様々な環境での講習会実施に備えて十分な事前準備と柔軟な対応が必要だと考えます。

産後の競技復帰を目指すアスリートへのトータルサポートの実施

【各プログラムの概要】

  1. 妊娠期・産後期・育児サポートの実施
  2. HPSCにおける恒常的な育児サポート体制の整備

1.妊娠期・産後期・育児サポートの実施

(1)妊娠期・産後期トータルサポート

目的・背景

 一般的に、出産後は出産前と比較すると体力が著しく低下するケースが多く、アスリートにおいてもそれは例外ではありません。出産後の女性がトップアスリートとして国際大会で活躍ができるレベルを目指すためには、一般のアスリート以上に競技に集中できる環境を整備する必要があります。妊娠期は一般的にも胎児自身や胎盤、羊水、出産に備える母体の血液増加や組織量変化に伴い体組成の変化、姿勢の変化がありますが、アスリートにおいては妊娠期にトレーニング量が減少することによる体組成の変化も考慮する必要があります。妊娠期間と分娩による大きな身体変化に伴い、出産後のアスリートには腰痛や骨盤帯痛、恥骨部痛、尿失禁等が引き起こされたり、長期間練習及び身体鍛錬的トレーニングを実施していなかったことにより筋力も低下したりする可能性があります。このような身体トラブルを抱える中で、育児・授乳をしながらトレーニングを再開したり、食事を調整・管理したりしていくことは困難です。早期の競技復帰を目指していく上では、妊娠・出産による心身の変化について専門家が評価、サポートし、適切なタイミングと強度での妊娠期トレーニング継続、出産後のリハビリ、トレーニング再開、育児環境の整備が必要となります。

実施概要

 出産後、競技に復帰して国際大会を目指す女性アスリートのうち、NFから推薦のあった者を支援対象とし、機能評価・トレーニング・栄養・心理分野におけるサポートを実施しました。概要は以下のとおりです。
■妊娠期におけるトータルサポート:2名
■産後期におけるトータルサポート:5名

 妊娠期及び産後期ともに産科主治医よるトレーニング開始の許可を得た後、評価・サポートを実施しました。産前の評価は妊娠中期、妊娠後期に実施し、産後の評価は産後1か月、2か月、3か月、6か月、12か月に実施しました。サポート日については、アスリートと専門家が相談した上で設定しました。

 医師によるMCでは、産前及び産後に婦人科診察、整形診察、血液検査、骨密度測定(産後のみ)を実施しました。婦人科及び整形診察では、理学療法士やトレーニング指導員も同席し、担当医師と一緒に問題がないこと確認して評価・トレーニング指導を実施しました。血液検査及び骨密度測定のフィードバックは産婦人科医が行い、結果を栄養スタッフにも共有して栄養サポートへ繋げました。また、産後の整形外科診察では主に骨盤部の状態を確認し、自覚症状がある場合や医師の判断でMRIを撮影しフィードバックを実施しました。

 理学療法士による身体機能評価では、問診と触診・視診・超音波画像診断装置を用いた体幹深層筋の評価を行いました。評価結果から得られた問題点とその改善方法、適切と考えられる運動内容と負荷設定について随時トレーニング指導員と情報を共有しました。

 トレーニング指導員によるトレーニングサポートにおいて、産前は「安全な出産のために、柔軟性と可動域の維持と向上、筋力維持」を目的としました。産前プログラムを実施するにあたり、安全管理として産婦人科医による経膣・経腹エコーで子宮頸管長や胎児心拍数を確認しました。トレーニング指導員は診察及び機能評価の内容を加味し、母体・胎児の安全を第一に考えたプログラムを個別に作成しました。安全な出産のために、妊娠経過や数週に応じてプログラムをアップデートし、柔軟性と可動域の向上、筋力維持を意識したエクササイズを実施しました。産後は「練習及び身体鍛錬的トレーニング(強化を目的としたウエイトトレーニング)を実施できる身体をつくること」を目的としました。分娩の方法や状況、出産に伴う身体の損傷がそれぞれで異なり回復の経過は一律ではないため、アスリート及びスタッフがともに目標大会を設定し、MC及び機能評価で身体の状況を確認した上で、トレーニングを実施しました。また、効果的な評価方法の実施及び検討として、科学部研究員とともに産前・産後にBody Line Scanner (BLS)、Functional Assessment for Athletic Body (FAAB)、Center of Pressure (COP)の測定を行い身体の経過を評価しました。

 管理栄養士による栄養サポートでは、食事摂取状況調査・体組成測定・授乳状況・トレーニング状況・鉄栄養状態・骨密度の把握を行いました。また、競技復帰に向けた体組成の変化と共に、育児・授乳をしながら食事を調整・管理していくための情報提供をしました。さらに、炭水化物摂取量不足によるエネルギー不足、胎児の発育や母体の変化(体重増加)と併せて炭水化物目安量やエネルギーバランスについて確認を行い、不足しがちな鉄分についても妊娠後期は特に必要量が増えるため積極的な摂取を勧めました。

 心理スタッフによる心理サポートでは、アスリート一人ひとりの面接を通して、一般的に知られている妊娠、出産、子育てに関する情報提供を行うと共に、アスリートとして、あるいは競技継続を目指すために生じる心理的な課題に対してサポートを実施しました。産前は定期的な面接でのサポート、産後は日本版エジンバラ産後うつ病自己評価票、育児勘定尺度、JISS競技心理検査にて評価・フィードバックを実施しました。

得られた成果

 トータルサポートの2023年度の対象者は7名(継続者4名、新規対象者3名)、サポート実績は228件でした。新規対象者のうち、2名が産前から、1名が産後に強化指定選手に選抜されてからのサポートでした。2022年度に比べ対象者数も増加したため、女性支援サポートスタッフ内での情報共有の強化、産後1年を過ぎてより強度の高いトレーニングに移行する際にはNF担当トレーナーと連携し、HPSC既存サポートに移行する等、産後サポート内容をアスリートごとに明確化しました。アスリートにおいては定期的な評価を実施し、各分野の評価をした後は必ずフィードバックを実施しました。評価結果は各専門スタッフでも共有し、身体状況に合わせた目標設定の見直しやプログラムのアップデートを行うことで、よりアスリートのニーズに合わせたサポートをすることができました。

今後の課題

 既存サポートの枠組みの中で産前・産後プログラムを実施できる体制が構築され、アスリートの目標設定に合わせたサポートを実施することができました。一方で、HPSC利用対象者でないアスリートも含まれるため、産後サポート(現在2年間)の対応時期については検討が必要だと考えます。また、居住地域によって通う回数が制限され、定期的に通えないアスリートもいたため、引き続き広報活動を強化し、強化指定選手が妊娠した際には、NFからすぐに相談を受けられる体制や、地域でのサポート体制の構築が急務だと考えています。

(2)子育て期における育児サポートの実施

目的・背景

 育児サポートは、子育てを行いながらトップアスリートとして競技を継続できるよう、アスリートの競技環境を整備することを目的としています。これまで休日練習、大会、合宿での遠征等は、普段の保育園では対応できない場合が多くありました。また、合宿会場や大会会場でも、託児室の設置といった施設環境が整っていないという現状があり、このような課題解決へのアプローチとして、育児にかかる経費の一部を負担してきました。2018年度から2020年度までは、NFやスポーツ団体へ育児サポートを再委託し、託児室設置及び育児サポートに係る課題等をNF等の視点から明確にしました。2021年度からは妊娠期、産後期、子育て期を包括的な切れ目のない支援となるよう育児サポート事業を実施しています。

実施概要

■育児サポート支援対象者
 妊娠期、産後期サポートまたは2022年度より継続の8名、新たに6名の14名に育児サポ―ト支援を実施しました。支援対象者は以下のとおりです。

育児サポートの支援対象者の内訳は10名がサポート実績有、4名がヒアリングのみでした。競技種目の内訳は夏季競技11名、冬季競技3名でした。支援対象者の子どもの年齢は1か月~10歳でした。

■育児サポート対象経費
 育児サポートの形態として、「育児サポート協力者(以下「協力者」という。)に育児サポートを依頼する場合」と、「一時保育やシッター派遣サービスといった民間又は公的なサービスを利用する場合」との大きく2つに分類し、育児サポートの対象となる経費を整理しました。また、経費の対象を定める際は、長期遠征、休日練習及び競技大会といった普段の保育園等では対応できないような、アスリート特有の状況下で発生する経費であることを基準とし、普段通園する保育園の経費や休暇時に協力者に育児サポートを依頼する場合の謝金等は対象外としています。

■育児サポート事例
 実施した育児サポートの実績については、以下のとおりです。

親族や知人に依頼し、大会会場または支援対象者宿泊先等で育児サポートを実施した対象者数は6名で、件数は33件でした。同じく親族に依頼し、支援対象者宅で育児サポートを実施した対象者数は3名で、件数は7件でした。次に、民間や公的なサービスである派遣サービスを利用し、支援対象者宅で育児サポートを実施した対象者数は2名で、件数は6件でした。同じく派遣サービスを利用し、支援対象者宿泊先で育児サポートを実施した対象者数は1名で、件数は4件でした。さらに、保育園の一時保育を利用し保育園で育児サポートを実施した対象者数は2名で、件数は7件でした。育児サポートの合計支援対象者数は14名、育児サポート件数は57件でした。

※「支援対象者数」はサポート実績のあった支援対象者10名のうち、該当する形態のサポートを実施した人数を示す。
※「育児サポート件数」はサポートの延べ日数ではなく、支援対象者からの申請件数をもとにカウントした。(例:全日本選手権中の5日間、育児サポートを実施した場合は1件としてカウント)
※「育児サポート件数」は1件のサポートに複数の形態がある場合、各形態に1件ずつカウントした。

得られた成果

■支援対象者からの評価
 年度末に支援対象者からアンケートにて意見を収集した結果、「競技に100%集中することができた。」、「親族にサポートを頼みやすくなり、活動時間や活動の幅が広がった。」、「希望する形で競技活動が出来ている。サポートが無ければ簡単ではなかった。」といった声が上がりました。また、「NFの対応が柔軟になった。」という声もあり、育児サポートによって周囲に影響を与えていることが分かりました。

■ニーズに合わせた切れ目のない支援
 産前・産後サポートから継続して切れ目なく支援することができました。また、支援対象者の多種多様な育児環境に対応することができました。育児サポートの2023年度の対象者は14名、サポート実績は57件、ヒアリングや質疑応答の対面での対応を含めると併せて70件となりました。サポート形態としては、協力者が遠征先に帯同する場合が過半数を占めました。

今後の課題

 近年は子供を連れて競技を継続する環境が理解されるようになってきています。今後も包括的に切れ目なく支援していくためには、HPSC周辺の地方自治体や保育施設との連携を構築し、育児サポートの重要性及び有用性の認識を促していきたいと考えます。活動拠点が全国どこにあっても安心して活動が続けられるよう、支援対象者や所属団体が自ら支援環境を整備していくことにも尽力することが求められます。

2. HPSCにおける恒常的な育児サポート体制の整備

目的・背景

 合宿、トレーニング等にて子連れで活動する女性アスリート、スタッフは増えています。本事業では多くのパラアスリートを支援しており、特にパラアスリートが子連れで宿泊を希望する際には、障害によってバリアフリーの配慮が必要です。

実施概要

 HPSC託児室を利用するアスリート、指導者等について実態調査を行いました。支援対象者からの要望に対して、HPSC託児室を管理するJISS運営部と連携してサービス提供しました。また、パラアスリートが子連れで宿泊をする際には、障害があっても育児に困らないよう、通常子連れアスリートに貸し出している部屋ではなく、パラアスリートのバリアフリーの部屋を利用しました。低いベビーベッドの配置、育児関連グッズを整備し、要望、評価について前後でアスリートにアンケートを実施しました。

得られた成果と今後の課題

 2023年度はトライアルとして実施し、アスリートからは「使いやすくなり、宿泊に関してのハードルが下がった。今後も利用したい。」という声が上がりました。今後は施設で対応できるよう、トライアル結果をHPSCに共有し既存の宿泊事業で対応していきます。

女性アスリート支援ネットワーク

目的・背景

 地域を拠点にする女性アスリートへの産前・産後の支援は、これまで具体的な事案が発生した後に地域において受け入れが可能な機関の選定、トレーニング方法の伝達等を実施し、対応してきました。問い合わせから支援実施までの準備に多くの時間を要し、最適な支援が実施できているとはいえませんでした。地方を拠点にするアスリートからは、すぐに相談に行ける場所がなかなか見つからないとの声もあります。地域の産婦人科医、理学療法士等とのネットワークを構築し、HPSCにおける支援で獲得した知見を展開するとともに、地域におけるアスリートの受け皿となる仕組みの構築を目指しています。

実施概要

■女性アスリート支援ネットワーク構築に係る有識者会議
 2023年度は「女性アスリート支援ネットワーク構築に係る有識者会議」を立ち上げ、女性アスリート支援を実施する上での課題及びその解決策等について有識者からの助言を受けました。また、モデル事業を実施する地域の選定に関する助言を受けました。

■モデル地域の選定と連携に関する意見交換
 有識者会議の助言を踏まえ、モデル地域を2か所選定し、ミーティングを実施しました。

得られた成果

(1)モデル地域の選定
 有識者の助言を仰ぎ、産前・産後アスリート支援を実施するモデル地域2か所(北海道、新潟県)の選定に至りました。

(2)モデル地域との打合せ
 (1)で選定した2か所のモデル地域で具体的な事業の進め方について、連携する大学関係者とのミーティングを実施しました。2024年度以降、モデル地域と連携し事業を推進していきます。

今後の課題

 2023年度事業を通じて、女性アスリート支援ネットワーク事業を展開するモデル地域を選定しました。ただ、産前・産後の支援を必要とするアスリートの数は限定的であり、事業を拡大するためには以下の2点について検討する必要があります。

■産前・産後アスリートの対象の拡大
 現在、NFの強化指定選手以上であることが事業で支援する対象の条件となっています。しかし、競技レベルが高く、出産を希望するアスリートは依然として少数であるため、日本リーグレベルのアスリートを対象とする等、基準を下げることにより対象を拡大し、具体的な支援事例を増やす等の対策を検討します。具体的な支援の予定がなくとも産前・産後トータルサポートの知見を広めるための研修会を実施する等、ネットワークの拡大を図っていきます。

■(成長期等)講習会の展開
 成長期アスリート等の講習会は、地域におけるニーズも高いことから、前述の産前・産後トータルサポートに加え、地域アスリートに向けた女性アスリート講習会の実施体制整備によりネットワークの拡大を図っていきます。

事業広報及び知見の展開

目的・背景

 本事業の広報は、アスリートへの事業の周知及び得られた成果の社会への還元という2つの側面から非常に重要です。これまで、ウェブサイト等で事業成果等について公開してきましたが、十分な成果を得ることができませんでした。そこで、2023年度はこれまでにない広報手法を通じた情報発信を試みました。

実施概要

■ウェブサイト、SNS等による情報発信
(1)ウェブサイトによる情報発信
 女性アスリート支援関連の情報はHPSCウェブサイト上にて公開しています。2023年度は8回の更新を実施しました。

(2) ニュースレターの作成
 女性アスリート支援の具体的な内容について、より多くのアスリートや関係者等に周知するために、2023年度から事業広報のためのニュースレターを作成しました。今年度は0号から2号まで、計3号を発行しました。

(3)事業成果をまとめた動画素材とYouTubeによる発信
 前述のニュースレターを作成する際に、アスリートに実施したインタビューを動画資料とし、YouTubeで発信しました。

(4)SNS(X)を用いた情報発信
 SNS(X)を用いて、事業成果、広報プロダクトの発信を行いました。

■知見の展開
 ウェブサイトを通じて、計7つの成果物、資料の公開及び展開を行いました。
・「女性特有の課題に対応した支援プログラム」実施マニュアル
・成長期女性アスリート指導者のためのハンドブック
・女性アスリートをどのように支援するか~先輩アスリートの経験に学ぶ~
・ストリーミング活用ガイド〜女性ジュニアアスリートのより充実した競技生活を目指して
・女性アスリートのための栄養・食事ガイドブック
・Training Guide Book
・Female Athletes Support Program:Program Guide

■カンファレンスの開催
 2023年度は「第34回日本臨床スポーツ医学会学術集会」において女性アスリート支援に関するシンポジウム「女性アスリートのパスウェイを支える連携と進化」を開催しました。女性アスリートに関するスポーツ医・科学支援・研究の関係者に対して、HPSCが考える女性アスリート支援のあり方や将来像について発信するとともに、シンポジウム登壇者と議論を行いました。

■その他
(1)日本代表選手団に対する事業広報
 第19回アジア競技大会(2022/杭州)及び第4回アジアパラ競技大会の日本代表選手団に対して、女性アスリート支援に関するアンケートを実施した際に、事業概要をまとめたリーフレットを選手村内に掲示する等を行いました。アンケートに有効な回答をした326名(アスリート223名(オリンピック競技137名、パラリンピック競技86名)、スタッフ103名(オリンピック競技50名、パラリンピック競技53名))に対しては事業について伝えることができたと考えています。

(2)新聞、news等による取材

得られた成果

 2023年度の事業を通して、新たな広報コンテンツを開発しました。開発したコンテンツを有効活用し、事業広報につなげていきたいと考えています。2024年度は2023年度同様のスキームを用いて新たに2つのニュースレター及び動画コンテンツの作成を検討します。

今後の課題

 現在の女性アスリート支援のウェブサイトは事業成果の掲示に留まっており、広報、普及・啓発という観点では十分な成果を上げているとはいえません。今後は、オンライン・プラットフォームと連携し、成果の公表とともに普及・啓発も進めていきます。

オンライン・プラットフォームの整備

目的・背景

 2022年度事業において、国内の女性アスリートの健康課題に関するウェブサイトの調査を実施しました。その結果、多くのサイトの内容が成長期のアスリートには難解であること、国内のサイトには様々な情報が掲載されており、必要な情報に行き着くかが不明瞭であることが明らかとなりました。これらの課題を解決すべく本事業で構築するオンライン・プラットフォームの仕様書を策定しました。また、オンライン・プラットフォームに掲載するコンテンツについて体系立てて整理しました。コンテンツについては、若年アスリート向け、成年アスリート向け、コーチ・保護者向け等対象ごとに内容をかきわける等工夫しながら作成し、同プラットフォームに掲載します。さらに、2024年度は仕様に基づきオンライン・プラットフォームを構築します。

実施概要

■オンライン・プラットフォームの構築
 2022年度に作成した仕様書に基づき構築業者を決定、オンライン・プラットフォームを構築しました。頁を訪問したユーザーの属性により、提案する記事の内容や記事の書きぶりを変える等ユーザー目線で活用してもらいやすいサイトを目指しました。また、ユーザーが主にスマートフォンで記事を閲覧することを想定し、スマートフォンに最適化したページレイアウトとしました。

■オンライン・プラットフォームコンテンツの作成
 過去に作成した資料等に基づき、女性アスリート支援に関連する様々な分野のスペシャリストが一覧を作成しました。今年度は優先順位が高いと判断した30記事について、必要に応じて通常版、平易版のパターンの文章を作成し、オンライン・プラットフォームに掲載しました。

得られた成果

 2023年度はオンライン・プラットフォームの構築を完了しました。今後、一定のユーザーに対するトライアル公開を実施し、そのフィードバックを元にサイトの改修を実施していきます。

今後の課題

 2024年度にはサイトのグランドオープンを迎えます。多くのユーザーのニーズに応えるべく、コンテンツの充実を図るとともに、サイトへの誘導戦略や、リピーターを増やすための戦略を立案する必要があると考えています。

事業推進に係る調査等

目的・背景

 これまでも女性アスリートに対する各種事業で多くの成果を生み出してきたものの、女性アスリートや女性アスリートを取り巻く関係者のニーズに対して、十分応えることができているか否か、という観点での分析は十分ではないと言えます。そこで、メディカルセンターが蓄積してきた問診票のデータ分析や総合競技大会でのアンケート調査を行い、事業の認知度やアスリートが抱える課題の現状を明らかにすることを目指しました。また、これまでの事業の成果等については学会での発表を通し、学術的な観点からも指摘や助言を受け、更に高品質な事業展開のための知見の創出につなげていきます。

実施概要

■事業成果分析
 メディカルセンターにおける女性アスリートの受診履歴、MC時の問診票等を分析し、事業におけるこれまでの成果と課題を分析しました。

■競技団体調査
 杭州で開催されたアジア大会、アジアパラ大会において、女性アスリートの健康課題の現状、女性アスリート支援に関する取組の認知度等に関して、大会参加競技の全てのアスリート、コーチを対象とする調査を実施しました。

■海外機関、学会、国際会議での成果発表
 事業の成果を学会等において公表することにより事業に対してアカデミックな観点からの意見を求めるとともに、支援の高度化に資する情報を収集しました。

(1)The 2023 Female Athlete Conference
 アメリカ・ボストンで開催されたThe 2023 Female Athlete Conferenceに3名が参加し、本事業で得た事例や知見を一般演題(ポスター)で発表しました。発表と質疑応答を通じて、アメリカやカナダ等は国土が広いため各大学や地域の病院が中心となって妊娠期サポートやアスリートサポートを実施しており、日本が国の事業としてトップアスリートに対してトータルサポートが実施されていることへの関心が高く、各国と情報交換する際のアドバンテージになり得ることが分かりました。

(2)第34回日本臨床スポーツ医学会学術集会
 横浜で開催された第34回日本臨床スポーツ医学会学術集会に、6名が参加し、本事業で得た事例や知見をシンポジウム(2題)と一般演題(4題)で発表しました。また、本事業で作成したニュースレターの配布を行い、JISSにおける女性アスリート支援に係る活動の情報発信活動も行いました。積極的な質疑応答が行えたことからも、JISSが行う女性アスリートへの支援についての関心は臨床スポーツ医学会において高いものであったと推察されます。

(3)Women in Sport Congress 2024
 オーストラリア・シドニーで開催されたWomen in Sport Congress 2024(WISC2024)に2名が参加しました。講演やシンポジウム、パネルディスカッション、ワークショップ等を聴講し、事業のさらなる充実に向けた情報収集を行いました。女性アスリート支援については、地域に情報が届かない、多くの大学や研究機関が連携せずにそれぞれに活動していること等、活動を取り巻く課題は日本と共通するものであると確認できました。また、パッケージやガイドライン等を作成、公表するだけでなく、こまめなフォローやガイドライン、パッケージに基づいた個別対応が重要になる点についても我々の取組と共通する課題でした。海外の諸機関との意見交換や情報交換は有用であり、もっとも必要な取組の一つであると改めて確認できました。

得られた成果

■事業成果分析
 2008年から2021年の期間に得られたHPSCにおける婦人科メディカルチェック問診票9,309件(有効件数9,306件)の4つの視点から分析を行いました。

(1)婦人科受診理由について
 若年層のアスリートは、月経周期調節に関する知識について知らない割合が高く、20代になると、女性アスリートは、月経周期調節を既にやっている割合が高くなることも明らかとなりました。これまでの取組を通じて、20代前半以降のアスリートは自身へのケアを行える状況が整いつつある一方で、若年層のアスリートには十分な情報が届いていない可能性があると推察されます。

(2)婦人科疾患とホルモン製剤使用の現状について
 月経対策を目的としたホルモン製剤使用率や婦人科受診率は増加傾向にある一方で、月経随伴症状を抱えるアスリートの割合は横ばいで経過していることが明らかとなりました。このことから、MC以外でのスクリーニング体制の構築や継続的な情報提供が課題であると考えられます。

(3)コンディションについて
 月経周期に伴い自覚的コンディションが変化することが確認できました。また、月経移動が可能なことを半数以上が知っていました。これらのことから、啓発等の効果が表れていると考えられるため、今後は、月経周期調節に関するデータの蓄積が必要だと考えます。

(4)HPSCの取り組みと効果について
 婦人科受診率は、経時的に増加しており、年齢層、競技レベルが高いほど受診率が高いことが明らかとなりました。このことは、JISS婦人科外来開設の効果と考えられます。また、月経移動が可能なことを知っているかについては、ユースオリンピックでの変化は見られなかったものの、その他の大会では経時的な知識の浸透が認められました。このことから、世代ごとの月経調整等に関する啓発活動の効果が表れてきていると考えられます。ユースレベルについては、2022年から地域アスリートへの啓発活動を始めており、今後の効果が期待されます。さらに、PMS症状については、若い世代ほど少なく、知識レベルは婦人科受診率にも影響があると推察されます。女性アスリート支援に関する関心は、国内外において高まっており、情報発信等、競技力向上を図りながら健康に競技を継続できる支援環境を各世代、地域に整備していくことがHPSC の重要な役割であると言えます。

■競技団体調査
 杭州で開催されたアジア大会、アジアパラ大会において、女性アスリート支援に関するアンケート調査を行いました。事業内容の概要を説明した上で、各取組の内容を利用しているか、知っているかどうかについて質問しました。アスリート223名(オリンピック競技137名、パラリンピック競技86名)、スタッフ103名(オリンピック競技50名、パラリンピック競技53名)の合計326名より回答が得られました。結果として、アスリートの50%、スタッフの40%が女性アスリートの相談窓口を知らなかったことが明らかとなりました。また、概要説明を含む戦略的な内容のアンケートを実施したことにより、女性アスリート支援の取組内容を知らなかった層に対して、事業での取組の周知を図ることができました。また、アンケート調査では、女性アスリート支援を「利用したことがない」、「利用したい」との回答が多い競技を特定できるため、今後、きめ細やかなアプローチを行うことが可能となりました。

■海外機関、学会、国際会議での成果発表
 The 2023 Female Athlete Conferenceでは、講演やシンポジウム、パネルディスカッション、ワークショップ等を聴講し、臨床でのREDsやチーム医療の課題を聞く機会を得ることができました。これらの機会を通じて、トップアスリートへのアプローチだけでなく、ジュニア期から知識の啓発が必要である等の課題は、各国で共通していることが確認できました。また、アスリートや指導者が自身の体験に基づいた課題等についての質問を行い、それに対して専門家が回答する場面が多くみられました。今後、カンファレンス等を行う際には、研究者同士の机上の議論だけではなく課題解決に向けた研究と現場の往還がなされるような場を設けることが重要であるという学びが得られました。

今後の課題

 オリンピック、パラリンピックに出場したアスリート、コーチへの調査は過去にも実施したことがあるものの、回収率が著しく低かったため、現状把握を上手く行えていないという課題を有してきました。2023年度はJOC、JPCへの連絡調整等、きめ細やか連携を図った上でアンケート調査を実施した結果、これまでの調査を大きく上回る回答を得ることができました。今後、パリ2024大会、ミラノ・コルティナ2026大会においても、同様の手法を活用しながら、女性アスリートを取り巻く現状把握に努める必要があります。また、国内外の学術集会やカンファレンスにおいても、女性アスリートの支援への情報は多く取り扱われているため、引き続き情報の収集を行うとともに、発信も行っていくことが必要であると考えています。

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