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ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)研究員インタビュー: 近藤みどり(スポーツ医学研究部門 心理グループ)

近藤みどりさん:イメージ1


スポーツ医学研究部門 心理グループに所属する近藤みどりさん。2022年度より国立スポーツ科学センター(以下、JISS)の研究員として入職。研究員として、主に選手・チームの心理サポートと研究に従事しています。選手たちを内面から支えていく心理サポートとは、どのようなものなのか、JISSではどのような研究に携われているのかなどお話を聞きました。


子育てから手が離れて本格的に心理学を学ぶ


現在、ハイパフォーマンススポーツセンター(以下、HPSC)で心理グループの研究員として、アスリートへカウンセリングなどの心理支援と研究を行っています。幼少の頃からテニス競技を行っていて、その後、テニスの指導者として活動していました。テニスというスポーツは非常に“メンタル”が重要なスポーツで、自分が現役の選手の頃から興味を持っていました。コーチ時代にスポーツ心理学の先生から研修を受けたのが、この道を目指したきっかけです。


大学院に入ったのは子育てが終わってからなんです。テニスコーチとして活動していた時に子育て期間に入ったので、一旦、活動ペースを落とし、ようやく子どもから手が離れたところで、もっと広い範囲で手助けをしたい、社会のために役立ちたいという気持ちが湧き上がりました。思い切って大学院へ進学することを決意し、修士・博士と進んで現在に至ります。


カウンセリングでは自分の“価値観”や“先入観”を含めない


アスリートの悩みは、実力発揮・人間関係・ケガからの復帰・引退など皆それぞれです。個別サポートでは、選手の主訴に応じてカウンセリングや技法指導を行います。カウンセリングは、“ああしなさい、こうしなさい”といった指導的な助言あるいは教育とは異なります。例えば選手が人間関係で悩んでいる時に、“このように解決しましょう”といった提案はあまり行いません。私の場合は「透明人間」のようになって、ただただ選手の話に耳を傾け、選手と一緒に悩みを抱えながら伴走するよう心がけています。カウンセリングで1番気をつけている点は、私個人の“価値観”や“先入観”で選手を評価・判断しないことです。とはいえ、アスリートには目標達成の期限がありますから、ときには厳しい質問を投げかけることも必要になります。
個別サポートに申し込んでくる選手たちで一番多い悩みは「実力発揮」です。例えば“緊張してパフォーマンスが発揮できない”といったことを相談されます。こういう時は、じっくりお話を聴いたうえで、一緒に呼吸法をやるなど技法指導も入れています。


近藤みどりさん:イメージ2


HPSCで取り組んでいる2つの研究


今も昔もアスリートの抱えている問題は大きく変わっていないと思いますが、時代と共に“社会”の取り上げ方が変わってきました。例えば「ハラスメント」という言葉。私たちが現役選手の頃は、“体育会系”と揶揄されるような行為が当たり前にありましたし、そもそも「ハラスメント」という概念もありませんでした。
そして「メンタルヘルス」です。2019年に国際オリンピック委員会(IOC)からアスリートとメンタルヘルスに関する声明が出たことで、アスリートの心の健康にも社会的な注目が集まりました。これまでは“国の代表として”、“金メダルをねらう”など、成功を期待する言説が多くを占めていましたが、徐々にアスリートを一人の人間としてホリスティックに捉える風潮になってきています。


いま取り組んでいる主な研究は2つあります。

研究①:女性アスリートの産後復帰過程における葛藤と心理サポートに関する研究

研究②:アスリートの誇り感情と目標達成行動に関する研究


HPSCでは2013年度より文部科学省、2015年10月よりスポーツ庁から委託された「女性アスリートの育成・支援プロジェクト」において支援プログラムを実施し、心理以外にも医師・栄養士・理学療法士・トレーナーなどの専門家と連携して女性アスリートを支援しています。


中でも、私は産後復帰を目指す女性アスリートの心理支援に携わっています。出産を機に、これまでの“アスリート”というアイデンティティに、“母親”というアイデンティティが新たに加わりますが、その両方のバランスをとっていくことは簡単なことではありません。出産前の身体能力に戻れるのか不安になったり、子どもを預けてアスリートの活動に時間を費やすことに罪悪感を感じたり、母親とアスリートの間でこころは大きく揺れ動きます。私の主な役割は心の状態を見ながら、選手が心地よいと感じるバランスが取れるようにサポートすることです。世界的にも産後エリートレベルに復帰するアスリートが増えつつありますが、まだまだ知見が少ないのが現状です。研究①では、産後復帰を目指すアスリートの心理過程や、サポート事例を明らかにすることに取り組んでいます。支援と研究の両輪で、道をあきらめずに挑戦する女性アスリートの背中をそっと押せる環境作りに貢献したいと思います。


研究②は、大学院時代から取り組んでいる研究です。
誇りは、より良くありたいという私たちの欲求に支えられた社会的な感情です。「誇りを胸に戦う」という言葉に象徴されるように、誇りがあれば困難な状況でも粘り強く努力することが知られています。これまでの研究から、日本人アスリートは個人の成功だけでなく、応援や支援など他者との関係で誇りを感じることがわかっています。他者との関係に誇りを感じやすいアスリートは、「恩返し」など他者の期待に応えようとする達成行動が動機付けられるのではないかと考えています。一方で、競技スポーツではピラミッド型の階層構造のトップを目指すイメージが強いと思いますが、誇りが関与しているのはそれだけではありません。トップアスリートのインタビューからは卓越性の追求、言い換えれば個性の追求にも誇りが関与していることがうかがえます。人と比べてどうか、というより自分の内面に誇りをもてる指導環境を整備したいですね。


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JISSを目指す学生へのメッセージ


心理職はあまり表に出てこない裏方です。この記事などを通じて、アスリートのメンタルを支えている仕事があることを知ってもらえるのは嬉しいことです。世間では“スポーツ選手は精神的に強くなければならない”といった偏見があり、選手自身もそう思い込んで弱みを見せてはいけないような風潮があります。しかし選手も1人の人間で皆さんと同じように悩みを抱えることがあります。実力を発揮するためには、身体だけではなく“心の健康”を保つことも大事です。また競技レベルが上がるほど、「自分らしさ」を知ることが重要になってきます。カウンセリングは主に言葉を介してそこにアプローチしていきますが、同時に心理職の私たちが「自分らしさ」に気づく機会でもあります。選手から学ぶことも多く、サポートを通じて共に成長していることを実感しています。心理職としてサポート活動してくれる仲間が増えることは歓迎です。仕事の選択肢の1つとして考えていただければなと思います。


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<プロフィール>

近藤みどり(こんどう・みどり)
博士(スポーツ科学)
大阪体育大学大学院スポーツ科学研究科博士課程修了。
2022年度よりJISSの研究員として、主に選手・チームの心理サポートと研究に従事する。
JISSでは、女性アスリート支援プログラムおよびバドミントン・パラアルペンスキーの総合型プログラムで、各専門領域と連携しながら心理サポートに携わる。

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