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ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)研究員インタビュー:山岸卓樹(スポーツ科学研究部門 トレーニング研究グループ)

HPSC研究員インタビュー 山岸研究員


スポーツ科学研究部門 トレーニング研究グループに所属する山岸卓樹さん。2021年度、スポーツ・運動生理学の博士として国立スポーツ科学センター(JISS)に入職しました。JISSでは、効果的なトレーニング法や持久性能力評価法の開発に取り組んでいます。ハイパフォーマンス・ジム(HPG)においてアスリートの代謝系トレーニングの支援および測定評価にも従事しています。今回、山岸さんの研究および研究者としての取り組み方などについてお話を聞きました。


効率性に優れたトレーニング様式の開発


いまアスリートが行うトレーニングは、レジスタンストレーニング(筋力トレーニング)や持久系トレーニングなど、さまざまなトレーニングを並行して実施し、基本的に身体能力を高めています。トレーニングは時代と共に変化していくもので、私が現役スポーツ選手だった頃は、練習中の給水は禁止といったようなスパルタ的なものや、いわゆる根性論が横行していましたが、現在は真逆の“量より質”といった考え方になってきています。スポーツ科学の研究も進み、指導者の方も経験を積まれるうちに非科学的な練習方法に気づいてきたと思います。


私が主に取り組んでいるのは、汎用性かつ効率性に優れたトレーニング様式の開発になります。研究に用いているトレーニング様式は高強度インターバルトレーニングや低酸素トレーニングです。インターバルトレーニングとは高強度運動(全力ダッシュなど)を短い間隔で繰り返すトレーニングなのですが、現在トレーニング研究グループではトレーニング量と効果の関係性を探っています。


例えば、20セットと10セットで効果はさほど変わらないということもあるでしょうし、もう少し減らして5セットにしてみたら足りていなかったなど、トレーニングの最少量を見極めています。トレーニング効果が出るギリギリのラインが分かれば、無駄な負荷をかけずに効率的にトレーニングを実行できます。もちろん個人差や状況によっても効果は変わってくると思いますし、“これが正解!”というものはないかもしれませんが、先ほど話したようなトレーニング量を詰め込むほど効果が上がるといった考え方は払拭されつつあると思います。


HPGにてトレーニングの研究を行う山岸研究員


JISSでは周囲から刺激をもらえる充実した日々


私がトレーニングの研究を志したのは、幼少期からスポーツが好きだったからです。私自身、ソフトボール、バスケットボール、ボクシングなどを行ってきて、自然とトレーニングに興味を持ちました。大学に入ってからは民間のフィットネスクラブでアルバイトを始め、約10年間、トレーニング指導者として経験を積みますが、もっと上を目指そうと単身でイギリスの大学院に留学して修士号と博士号を取得しました。帰国後、早稲田大学で教育と研究業務に携わっていましたが、2021年にJISSに入職しました。


大学とJISSの違いは、どちらも2本柱なのですが、「大学」は“教育”と“研究”、「JISS」は“アスリートの支援”と“研究”というところです。研究の違いは一概には言えませんが、大きな違いは、施設の規模と前線で活躍する競技者たちと関われること。オリンピック・パラリンピックの選手や、ふだんは接する機会がないジャンルの競技に触れることができるのは刺激になっています。


私もアスリート支援と測定評価に関わりますが、特定の競技や選手が決まっているわけではありません。HPGでの選手のトレーニングは、トレーニング指導員が(競技コーチや研究員などと連携を取りつつ)、選手の日々の状態を見極めながら目標とする大会に向けてプランを組み立てて進めていきます。チームで動きますから、私のできることは限られています。それでも関わった選手が結果を出すと、私自身のサポートは限定的ではありますがパフォーマンスの向上に役立てたのかなと思うと嬉しいです。


チームで動くという意味では、研究グループの研究員とHPGのスタッフは、同じ部屋に居るので、ふだんからコミュニケーションも取り合っています。関わっていない選手でも「あの選手はこういう状況なんです」と情報として入ってくるので、状況によってはミーティングに参加させてもらって、いろいろ提案することもあります。そういういう意味では、JISSでは自分の能力を生かす場は広いですね。


インタビューに答える山岸研究員


研究職は専門以外の経験も大事


スポーツに関わる仕事がしたい人はたくさんいると思いますが、まずは、どのような職業があるのか調べてみるのがいいと思います。正直、スポーツ関連だけでご飯を食べて生活できるっていう人は限られた世界です。トレーニング指導者、リハビリテーション、スポーツドクターなど、自分が何に向いているのか考えて、若いうちにたくさんのキャリア・経験を積むのが良いと思います。


私のような研究職についてはやりがいがある反面、大変なことが多いのも正直なところです。博士号取得まで修士課程も含めると最短で5年かかります。また、博士号取得のためには極めて高い「専門性」が求められるので、選択肢という意味では限られてきますし、競争も激しくなります。研究職もアスリート同様に業績を求められる世界なので、それ相応の覚悟が必要です。


私の場合、遠回りしたことが結果的に良かったと思っています。一般的に研究者は大学を卒業後(学士号を取得後)、そのまま大学院に進学して研究者の道を辿ります。私は、若い時はそうした世界を知らなかったので、民間で働いたり、選手でいたり、海外に行ったり、研究以外のいろいろな分野を見て、経験してきたことが結果的に役立っています。それと「職人肌」な性格も合っていたのかもしれません。コツコツと地道な実験やデータ分析も苦になりませんし、常に疑問を持つことも研究者向きのようです。


JISSを目指す学生へのメッセージ


昔に比べて博士号を持っている人が増えています。研究職に就く倍率も上がって簡単な状況ではなくなってきました。まだ若いのであれば、研究職に限らず海外にチャンスを求めてもいいかもしれません。海外は自由に研究できる環境も多いので、決められたことが苦手な人であれば思い切って海外で研究者になる選択肢もありだと思います。活躍できる場は日本だけではありません。かくいう私も、イギリス留学当初は慣れない異国の地で苦労の連続でしたが、研究に没頭できたのは良い思い出です。
JISSは研究職のみならずトレーニング指導者などさまざまな専門職の方が活躍されています。自身が将来目指すべき道を明確に描きましょう。いつか皆さんと一緒に働けることを楽しみにしています。


山岸研究員の全体写真


<プロフィール>

山岸卓樹(やまぎし・たかき)
博士(スポーツ・運動生理学)
2003年に大東文化大学を卒業後、民間のフィットネスクラブで7年間の勤務を経て、2010年に英国大学院に留学。
2012年に英国Brighton大学より修士号を、2016年に英国Abertay大学より博士号をそれぞれ取得。
2016年度より早稲田大学スポーツ科学学術院にて教育・研究業務に従事した後、2021年度よりJISSの契約研究員となる。JISSにおける主な研究内容は、トレーニング効果を生み出す最少量の解明(高強度インターバルトレーニング/低酸素トレーニング)、および汎用性に優れた持久性能力評価法の開発。また、支援活動としては主にJISS4FのHPGにおいてアスリートの代謝系トレーニングの支援および測定評価に従事している。

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