妊娠期、産前・産後期、子育て期におけるトレーニングプログラム
【各プログラムの概要】
- 事例調査
- 妊娠期等トレーニングサポートプログラム
- 子育て期におけるトレーニングサポートプログラム(育児サポート)
1.事例調査
実施内容
国内外の出産を経験した女性アスリート(引退したアスリートを含む)が妊娠中及び出産後に実施していたトレーニング内容や身体変化等の情報を収集するためにインタビュー形式による聞き取り調査を実施しました。
調査内容
・妊娠前のトレーニング実施状況
・妊娠中・出産後の身体状況、トレーニング実施状況
・出産時の状況
・出産後の活動状況
・その他(所感等)
結果
アスリート3名(国内2名、国外1名)にご協力いただきました。 調査した内容は、平成26年度から平成28年度までの調査結果をまとめた事例調査集に記載しました。
得られた成果
出産前及び出産後にオリンピック出場を果たし、成果を残したトップアスリートの体験談を伺うことができました。また、得られた調査内容をまとめた 事例調査集を作成することができました。
今後の課題
国内外を含めてさらなる事例を収集していくためにはアンケート調査が必要であり、これまでの調査内容をもとにJISSで作成したアンケート用紙の質問量、内容等について検討、改善していきます。
2.妊娠期等トレーニングサポートプログラム
実施内容
出産後、競技に復帰し、国際大会を目指す女性アスリートのうち、NFから推薦のあった選手に対してトレーニング及び栄養分野のサポートを実施しました。支援対象者は4名であり、概要は以下の通りです。
1.妊娠期におけるトレーニング・栄養サポート 夏季:2名
2.産後期におけるトレーニングサポート 夏季:2名
(1) 妊娠期におけるトレーニング・栄養サポート
妊娠中のトレーニングに関して、JISSが気を付けたこと、実施したことを下記に示しました。
■トレーニングの目的
「母子ともに健康な出産をすること」 母子ともに健康な出産をすることで、ディトレーニング期間を短縮することが、練習・トレーニングの早期再開に繋がると考えます。そのために、 「妊娠期特有の身体的課題改善」「筋機能低下の抑止」を目的として、妊娠中もトレーニングを継続しました。
■安全管理
I. 担当産科医のトレーニング実施許可
妊娠経過に異常が認められず、トレーニング実施が可能の場合、産科主治医のトレーニング許可書・診断書を発行してもらいます。
II. トレーニング前後の内診
産婦人科医がいる場合に限りトレーニング前後で子宮頸管長や胎児心拍数等を確認し、母胎及び胎児の状態を把握しました。内診の結果、異常が認められた場合はトレーニングを中断し、産科主治医への受診を促しました。その後、再度トレーニング実施の許可をもらうようにしました。
■筋力トレーニング
産婦人科医と連携を取りながら妊娠週数、妊娠経過を確認しながら実施しました。
- 妊娠前に実施していたトレーニング内容を加味したプログラム
筋機能低下を抑止するためにも、妊娠前に実施していたトレーニングを加味して妊娠中のトレーニングに落とし込むことは可能です。しかし、妊娠前に問題なく実施していたエクササイズでも、妊娠経過によって実施可能・不可能なものがでてきるため、産科医と相談しました。
例)スクワット、デッドリフト、プレス等のベーシックな多関節エクササイズ
- 妊娠中に起こると考えられる身体変化に対応したエクササイズの実施
妊娠経過に伴い、肩こりや腰痛、骨盤底筋群機能低下等の不定愁訴が起こる 可能性があります。不定愁訴を予防すると考えられるエクササイズを実施しました。
例)骨盤底筋群の収縮練習、脊柱の可動性を出すようなエクササイズ
- 怪我への対応
日常生活や競技で特別支障はないが、長期間完治していない障害に対して可動域及び筋機能改善のアプローチをしました。
<注意>
過度な負荷は子宮収縮誘発による流産・早産と、子宮血流量減少による胎児低酸素状態が問題になるため、今まで実施してきたトレーニング強度を超えないようにしました。
<事案>
トレーニング後のJISS産科医による内診で、胎盤と内子宮口間距離が非常に短く、低置胎盤の恐れがあるとの診断が下りました。その後再度主治医より「胎盤と内子宮口間距離は十分離れているためトレーニング実施可能」という診断書をもらったため、トレーニングを再開しました。それ以降のサポートでは胎盤と内子宮口間の距離は多少短くなるものの、初回の低置胎盤を疑うほどの距離ではなく、通常の子宮収縮範囲内と考えられます。
■持久的トレーニング
心拍数150bpmを超えなければ、運動様式は本人の自由としました。
■栄養サポートの実施
妊娠期にウエイトコントロールなどに対応した栄養・食事サポートを実施しました。
(2) 産後期におけるトレーニングサポート
産後9ヶ月の選手をサポートしたケースを下記に示しました。
■トレーニングの目的
「競技大会への復帰及び強化指定再獲得」 選手の希望を踏まえたうえで、競技大会出場に必要な体力及び筋力の増加を目的としてサポートを実施しました。
■筋力トレーニング
スクワット、デッドリフト、ベンチプレス等のベーシックな多関節エクササイズを中心に、全身バランスよく鍛えるプログラムを実施しました。
得られた成果
五輪入賞した選手が東京五輪出場・メダル獲得に向けて、妊娠中のトレーニングサポートを実施したことは、他選手にとって非常に貴重な事例となりました。また、妊娠中のトレーニングによって起こる緊急事態に対して、産婦人科医と連携が非常に大切であることを再認識することができました。
今後の課題
選手、選手の産科主治医、そしてJISS産婦人科医及びトレーニング指導員が密に連携をとれるよう検討していく必要があります。また、身体的な変化が著しく個人差が大きい妊娠中のトレーニングの評価方法をさらに検討していきます。
3.子育て期におけるトレーニングサポートプログラム(育児サポート)
目的・背景
育児サポートプログラムは、子育てを行いながらトップアスリートとして競技を継続できるよう、選手の競技環境を整備することを目的としています。
休日練習、大会、合宿での遠征等は、普段の保育園では対応できない場合が多く、また合宿会場や大会会場でも、託児室の設置といった施設環境が整っていないといった現状があることから、このような課題解決へのアプローチとして、JISSでは育児サポートにおいて育児にかかる経費の一部を負担することとしました。
実施概要
(1)育児サポート支援対象者
平成28年度は支援対象者を7名とし、うち5名に対し育児サポートを実施しました。支援対象者は以下のとおりです。
また、平成28年度よりパラリンピック競技種目の選手への育児サポートも開始しました。
支援対象者 |
競技種目 |
子どもの年齢 |
7名(2名) |
夏季:5名(2名)
冬季:2名 |
6ヶ月~6歳 |
※( )内の数字はパラリンピック競技種目の選手数
(2)育児サポート対象経費
■育児サポート協力者(以下「協力者」という。)に育児サポートを依頼する。
■一時保育やシッター派遣サービスといった民間又は公的なサービスを利用する。
上記のとおり、育児サポートの形態を大きく2つに分類し、育児サポート対象となる経費を整理しています。 また、経費の対象を定める際は、長期遠征、休日練習及び競技大会といった、普段の保育園等では対応できないような、アスリート特有の状況下で発生する経費であることを基準とし、普段通園する保育園の経費や、選手の休暇時に協力者に育児サポートを依頼する場合の謝金等は対象外としています。 ※詳しくは、以下の資料をご覧ください。
育児サポートの実施手順について PDF(420KB)
(3)育児サポート事例
平成28年度実施した育児サポートの実績については以下の表のとおりです。海外に子どもと協力者が帯同したケースは1件もありませんでした。
なお、協力者については支援対象者の推薦をもとに決定し、平成28年度は協力者11名のうち3名が支援対象者の親族、8名が支援対象者の知人でした。
形態 |
大会等会場 |
協力者・利用
サービス |
育児サポート場所 |
支援対象者数 |
件数 |
協力者に依頼 |
国内 |
親戚・知人 |
大会会場、支援対象者宿泊先等 |
3名 |
13件 |
知人 |
協力者宅 |
2名 |
6件 |
親戚・知人 |
支援対象者宅 |
1名 |
3件 |
国外 |
知人 |
協力者宅 |
1名 |
2件 |
親戚・知人 |
支援対象者宅 |
1名 |
3件 |
民間や公的なサービスを利用 |
国内 |
シッター派遣サービス |
支援対象者宿泊先 |
1名 |
1件 |
国外 |
保育園の一時保育 |
保育園 |
1名 |
3件 |
育児サポート総件数:31件
※「支援対象者数」はサポート実績のあった支援対象者5名のうち、該当する形態のサポートを実施した人数を示す。
※「件数」はサポートの延べ日数ではなく、支援対象者からの申請件数をもとにカウント
(例:全日本選手権中の5日間、育児サポートを実施した場合は1件の活動としてカウント)
得られた成果
(1)支援対象者からの評価
支援対象者のアンケート結果から、「合宿や大会に参加しやすく競技に専念できるようになった」、「子守をお願いしやすくなった」、「両親の負担が減った」といった評価を受けています。
(2)主要な大会及び強化合宿での育児サポート利用
各支援対象者は主要な大会及び長期の強化合宿時のほとんどで、本育児サポートを利用していました。支援対象者に育児サポートの利用が根付いてきていると考えられます。
今後の課題
育児サポートの継続性を考えると、NFや所属チーム等の様々な団体で育児サポートを展開してもらうことが必要になってくると考え、引き続き検討する必要があります。
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