妊娠期、産前・産後期、子育て期におけるトレーニングサポートプログラム
【各プログラムの概要】
- 産後期トレーニングサポートプログラム
- 子育て期トレーニングサポートプログラム(育児サポート・再委託)
- 地域連携支援ロールモデルプラン
1. 産後期トレーニングサポートプログラム
目的・背景
一般的に、出産後は出産前と比較すると体力が著しく低下するケースが多く、アスリートにおいてもそれは例外ではありません。出産後の女性がトップアスリートとして国際大会で活躍できるレベルを目指すためには、一般のアスリート以上にトレーニングに集中できる環境を整備する必要があります。
実施概要
出産後、競技に復帰し、国際大会を目指す女性アスリートのうち、NFから推薦のあった者を支援対象者とし、トレーニング分野におけるサポートを中心に、栄養・心理サポートも実施しました。概要は以下のとおりです。
1.妊娠期におけるトレーニング・栄養・心理サポート :2名
2.産後期におけるトレーニング・栄養・心理サポート :6名
<機能評価>
評価時期は、妊娠期は1か月ごと、産後期は1か月検診後できるだけ早期に1回目、以後、2か月、3か月、6か月、12か月後に設定しました。症状のある選手は2週間ごとに評価し、試合などのスケジュールで前述の通りに評価ができない場合もありました。比較対象として評価していた非アスリート3名に対しても、産後評価を行いました。
評価内容は、問診(出産状況、既往歴と治療歴、復帰目標、マイナートラブルの有無と程度、現在の活動量と困っていること)と触診・視診・超音波画像診断装置を用いた体幹深層筋の評価(静的及び動的アライメント、股関節および骨盤帯の筋力・筋パフォーマンス、骨盤と股関節の柔軟性、腹直筋離開の評価等)です。妊娠・出産により伸張ストレスや損傷を受ける骨盤底筋群に対しては、収縮と弛緩、呼吸に合わせたリラクセーション、遠心性収縮が適切に行えているかを確認しました。文献1)2)。静的アライメントは静止立位と背臥位において評価しました。動的アライメントは静止立位からの前屈、後屈、回旋、両脚ハーフスクワット、片脚立位、片脚スクワット、ランジ、プランク、上肢挙上、四つ這いでの上下肢挙上、競技動作などを評価時の身体状況に合わせて評価しました。2回目以降は、前回抽出された課題が改善されているかを評価し、トレーニングや育児による負荷増加に伴う新たな問題に対して施術や運動指導を行いました。具体的な方法はストレッチ、筋のリリース、筋収縮トレーニング、適切な姿勢や動作のためのアドバイス等でした。骨盤底筋や腹部の筋収縮に関しては、超音波画像診断装置を用いて評価するとともに選手自身にも視覚的フィードバックを行いました。評価結果から得られた問題点と、どのように問題を改善させるか、そして適切と考えられる運動内容と負荷設定についてトレーニング指導員と情報を共有しました。
妊娠期の選手へも前述の内容のうち腹臥位以外で安全に行える評価のみを実施しました。産後の評価の流れや骨盤底の解剖、妊娠36週以降に取り組んでほしいストレッチについても伝えました。JISS産婦人科による診察にも同席させてもらい、担当医師と一緒に問題ないこと確認して評価・トレーニング指導を行いました。
<トレーニング>
妊娠期間と分娩による大きな身体変化に伴い、出産後の選手には腰痛や骨盤帯痛、恥骨部痛、尿失禁等が引き起こされる可能性があります。また、長期間練習及び身体鍛錬的トレーニングを実施していなかったことによる筋力低下も見受けられます。非妊時よりも筋力が低下しており、さらに身体トラブルを抱えている中で、非妊時と同様の練習・身体鍛錬的トレーニングを行う事は早期競技復帰に役立つとは考えにくく、むしろ遅延させていくのではないかと考えられます。そのため、早期競技復帰を目指していく上で、まずは妊娠・出産による不定愁訴及び筋力低下を改善していく必要があります。そこで下記をトレーニング目的としました。
・練習及び身体鍛錬的トレーニング(強化を目的としたウェイトトレーニング)を実施できる身体をつくること
上記の目的を達成するために、産科主治医よりトレーニング開始の許可を得た後、JISS整形外科医による診察及び理学療法士による身体機能評価を行いました。診察及び身体機能評価の内容を加味し、トレーニングを実施していきました。1か月後に理学療法士に評価をしてもらい、再度トレーニングに変換するという手順を踏みました。また、評価時に何らかの異常が認められた場合は、各分野と評価内容や進捗状況の共有をすることで、復帰に向けた方針を固めていきました。おおよそ産後6か月以上経過しており、尚且つ理学療法士の評価時に産後特有と思われる異常が認められず、運動強度の増加を許可された選手に関しては、目標とする大会に向けてパフォーマンスを向上させられるようにトレーニングプログラムを作成し、指導しました。
産後のパラリンピック競技選手に対しては初めて行うサポートであったため、まずは障がいの程度が比較的軽度であり、自立した生活をしており、介助なしにトレーニング体育館に来館することができるということをサポートの条件としました。また、トレーニングを継続することにより競技パフォーマンスの向上が期待できると思われる選手が望ましいと考えました。実施するサポート内容はオリンピック競技選手と同様ですが、より個々の身体特性や障がいの程度に応じたプログラムの実施、計画、評価が求められました。
<心理>
■心理サポート
サポートを希望する選手に対して、出産後の心理サポートを実施しました。産後、変化した身体との付き合い方や産後復帰への不安等についての支援を行いました。
■出産後の心理的変容に関する調査
・支援対象者に対する産後調査
妊娠期等トレーニングサポートプログラムに参加している選手に対して調査協力を募り、産後の心理的変容についての調査を行いました。産後1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、1年、1年6ヶ月にインタビューを行い、妊娠前と現在の身体の違いや、経過の中での身体的変化、トレーニングを実施する上で工夫していること、今後目指していきたい身体やトレーニングがどのようなものか等について詳細に調査しました。そこでは、トレーニングや練習を行っていく上での育児状況やそこで生じる心理的葛藤についても確認しました。インタビュー調査と同時に、日本版エジンバラ産後うつ病自己評価票 (岡野ら,1996)、育児感情尺度(荒牧,2008)、心理的競技能力診断検査(徳永ら,1991)、風景構成法(中井,1970)等の心理検査も併せて実施することで、客観的指標から心理的変容を明らかにしました。
・非アスリートの産後女性との比較
上述した産後アスリートの心理的特徴が産後特有のものなのか、アスリート特有のものなのかを明らかにする目的で、非アスリートである一般女性を対象に産後1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月にインタビュー調査を行いました。アスリートの場合は、ほとんどの場合が1年以内に試合復帰を果たすため、産後の早い段階で「自身のできる・できない動き」を明確にし、「できないことにこだわり過ぎない」という変化が生じています。このことが「新たな動き・技の模索」へとつながり、「産前とは異なる取り組み」を引き起こしていました。一般産婦の場合には、こういった心理的変化が6ヶ月以降に生じ始めており、また、その変化も復帰を考えると揺らぐ可能性のあるものでした。両群ともに“できること、できないことを明確にする”ことは共通しているものの、アスリートは産後直後に身体の大きな変化に直面し、産後3ヶ月までの基礎的なトレーニングにおいて試行錯誤する経験の中で「できないことにこだわり過ぎない」という感覚を持つことによって、「できることに目を向ける」という心の動きが生じてくることが大きな違いであるといえます(江田・千葉,2019)。
<栄養>
産後・授乳期・産後の競技復帰を目的とした栄養摂取についての知識を持っているアスリートは少ないのが現状です。また競技復帰に向けた体組成の変化と共に、育児・授乳をしながら食事を調整・管理していくことは難しいです。そこで、食事摂取状況調査・体組成測定・授乳状況・トレーニング状況・鉄栄養状態・骨密度の把握を1か月・3か月・6か月・1年の各段階で行いながら、産後の競技復帰にむけた食事管理、授乳方法の情報提供を行いました。
得られた成果
<機能評価>
■妊娠期
姿勢や骨盤底筋に関する専門的な知識、腹部・骨盤底機能が身体運動にどのように関係するかなどを出産前に伝えることができました。また、産後の復帰までの流れについても事前に確認することができ、産後の評価・トレーニングにスムーズに移行できました。出産時及び産後の呼吸方法やリラクセーション姿勢を知ることは、マイナートラブルを予防・改善するための準備になると考えられました。骨盤底筋や骨盤周囲の解剖についての知識があまりない選手もいたため、立体ペーパークラフト教材を用いて骨盤と骨盤底筋についての簡単な説明も行ったことで理解が深まりました。評価結果やトレーニング内容、選手からの諸々の情報をトレーニング指導員と共有することで、日常生活及びトレーニングの適切な負荷設定につながったと考えられます。
■産後期
トレーニングを開始するにあたって、生活・育児の中で困っていることやマイナートラブルについても把握ができました。評価からアライメントの修正や骨盤底筋の筋収縮トレーニングを行うことで産後の骨盤帯の安定性獲得につながったと考えられます。骨盤帯の安定性低下がおこる動作の確認により、トレーニング可能な姿勢・動作や負荷設定の目安になったと考えられます。腹直筋離開はすべての選手が軽度であり、腹部深層の筋・筋膜の張力回復も良好でした。尿失禁の症状が続いた選手に関しては、産婦人科医立会いの下で会陰部の筋収縮の確認を行い、出産時の損傷の影響が続いていたことが分かりました。これに対してはセルフマッサージやストレッチによって、患部の柔軟性を高めるための指導を行いました。マイナートラブルに対しては、アライメントの修正や筋力増強、筋機能の改善、日常生活での動作の指導を行い、腰痛及び骨盤帯痛の改善や下肢関節の安定性の向上が可能になりました。また、競技特性を考慮した姿勢・動作戦略の確認と改善方法のアドバイスが実施できました。トレーニングが進み、整形外科的な痛みが出た選手に対しては、整形外科を受診しリハへの移行も行いました。
産後に対応したほとんどの選手が公式試合への復帰ができました。2019年6月の時点でこれまで復帰した選手へのアンケートも行い、公式試合への復帰、全ての練習への参加が平均約6か月であり、わずかに試合への復帰の方が期間が短かったことが分かりました。この調査により得られた結果は、11月に開催された臨床スポーツ医学会学術集会において報告し、参加者とのディスカッションを行うことができました。また、アスリートと非アスリートの身体的・心理的特徴の比較を心理グループと共同で行いました。アスリートは非アスリートと比較して①妊娠中および産後のマイナートラブルの種類、件数が少ない、②マイナートラブルの改善が早い、③腹直筋離開の程度に差はない、④骨盤底筋収縮持続時間はアスリートの方が長い、という結果でした。被検者数が少ないため安易に結論付けるのは難しいが、産後のエリートアスリートと一般産婦の身体機能、運動機能には差があるととらえて運動開始や運動内容を評価し対応する必要があると考えられます。本研究は、10月に開催されたハイパフォーマンススポーツカンファレンスにおいて報告しました。
<トレーニング>
■パラリンピック競技選手に対するサポート知見の獲得
試験的に産後のパラリンピック競技選手のサポートを行ったことで、新たな知見を獲得することが出来ました。支援対象者は車いす競技でありながら通常は立位で生活することのできる最少障害でした。トレーニングの実施歴もあったため、患足への禁忌事項を守ればオリンピック競技選手と同様の姿勢チェックやトレーニングを実施することが出来ました。もちろん出産後という特異的な身体状況、障がい特有の禁忌事項、痛みやしびれ、違和感、関係する周囲筋・関節の機能低下など、考慮するべき事項は多く存在します。しかしながら、適切な医師の診断と理学療法士の評価を基に、選手とコミュニケーションを取りながらトレーニングを進めることで、エクササイズの内容を無理なくプログレッションしていくことができました。
姿勢チェックでは通常のオリンピック競技選手に実施していたものに加え、座位で様々な姿勢を取り、上肢の可動性等を確認しました。これらの内容は車いすに乗っている際の課題を抽出することが可能となり、トレーニングプログラム作成の一助となりました。
<心理>
■出産前・後の心理サポート
女性アスリートが妊娠を経験すると、産後の競技復帰及び育児との両立等に対する不安を抱えることが少なくありません。また、産後の早い時期で復帰を目指すこともあり、面接の中で、産後復帰にむけて様々なことを想定して環境を整備することが、安心して出産の時期を迎えることにつながったといえます。また産後は、産前に想定していたようにうまくいかないことが生じ、計画していたことが思うように進まなくても、焦る気持ちをコントロールしながらその場その場で柔軟に対応することなど、自分の気持ちや考えを整理する場として、心理サポートが機能していたといえます。
■出産後の心理的変容についての調査
出産を経験したアスリートは、骨盤を中心に大きな身体的変化を経験することで、それまでにアスリートとして構築してきた身体を失うことが示唆されました。そこから、アスリートたちはその時々の自身の身体や身体感覚の変化に戸惑いながらも、それまでに築いてきたアスリートとしての取り組みを捨て、今現在の自分だからこそできる競技への取り組みを模索していました。そのような身体的な変化と、それに応じた取り組みの変化に同期して、心理的にもこれまでのアスリートとしてのアイデンティティを捨て、新たなアスリートとしてのアイデンティティを再構築している様子が確認できました。先行研究において、その時の即時的な感情状態と事後の回顧的な感情状態の報告に差異があることが指摘されています(平井,2017)3)。各時期で面接調査を行うことは、その時々でアスリートが感じていることを理解することにつながったと考えられます。この知見は、産後アスリートへの心理サポートを理解する上で、大変意義深いものとなるはずです。
さらに、一般女性との比較検討を行っていますが、現段階では、アスリートと同様にそれまでの歩みを大きく変容させる必要があることが分かってきています。しかし仕事という点では、アスリートのように身体の重要性が大きくないため、身体の変化に対する気づきは少ないようであり、身体的変化をきっかけに取り組みを変化させるというプロセスではないようです。今後、さらに調査を重ね、この点について明らかにしていきたいと考えています。
<栄養>
■妊娠期・産後期アスリートにおける栄養管理手順のまとめ、サポートマニュアルの作成
2019年度はJISS以外における妊娠期・産後期アスリートにおける栄養サポートを充実させるため、サポート内容を「テーマ:女性アスリートの育成・支援プロジェクトによる栄養サポート報告」として論文にまとめ、Journal of High Performance Sportへ投稿し、すでに掲載されています。その論文を令和元年度における地方でのサポート展開時に参考文献として提供しました。続いて、これまでのサポートの詳細・栄養管理の特徴についてまとめ、第30回日本臨床スポーツ医学会学術集会にて「テーマ:産前・産後期アスリートの競技復帰のための栄養管理の特徴-妊娠期の場合-」、「テーマ:産前・産後期トップアスリートの競技復帰を目指した栄養管理の特徴-産後期の場合-」として示説発表をおこないました。ここでの意見交換を踏まえて、年度内に「日本スポーツ栄養研究誌」(Japanese Journal of Sports Nutrition)への投稿準備を進めています。このことにより、アスリートの栄養サポートを行う公認スポーツ栄養士、管理栄養士へ、広くサポート内容が共有されるものと考えています。
また、2018年度の課題としていた妊娠期・産後期アスリートにおける栄養サポートマニュアルの作成については本事業で作成した「妊娠期・産後期アスリートの評価サポートマニュアル」において、栄養分野としての評価方法とサポート方法をまとめて掲載しています。今後、これらを活用した妊娠期・産後期アスリートにおける栄養サポートが全国で行われることを期待したいと思います。
課題と今後の方向性
<機能評価>
■妊娠期
昨年度の課題は①選手へのフィードバックを書面もしくはデータで渡せるようにしたい、②他分野のスタッフとの情報共有や連携、③非アスリートと比較検討、④産後のスポーツへの参加に関する国内外の情報収集と比較検討、の4つでした。
①フィードバック方法は、今回も選手へは口頭により行っており書面やデータによる伝達は行えませんでした。選手の所属チームスタッフへは、評価表やコメントをデータで伝えました。専門用語で記録をしており、選手に分かりやすく簡潔に伝えることは引き続きの課題です。
②心理スタッフとの共同研究として、アスリートと非アスリートの比較を行いました。運動機能の面では順調に改善がみられていても、心理面では多くの葛藤があったことがのちに分かりました。また、選手の復帰に関するスケジュールについて共有できていなかったこともありました。より充実したサポートのために、個人情報の判断は難しいが、大きな問題がなくても定期的にカンファレンスやミーティングが必要であると考えます。
③2019年10月に行われたハイパフォーマンススポーツカンファレンスの中で、アスリートと非アスリートを比較した結果を報告しました。「得られた成果」に内容は述べましたが、今後もデータの蓄積が望まれます。
④機能評価スタッフが、2019年2月に、ウィメンズヘルスの実技講習会に参加し、骨盤底筋を中心としたトレーニング方法を学ぶことができました。また、出産前に行うべき骨盤底筋のストレッチや運動方法についても知ることができました。スポーツ関連の学会にもいくつか参加しましたが、アスリートの妊娠・出産に関する報告はほとんどなく、比較検討はできませんでした。JISSで行っているアプローチが適切かどうか、さらに改善するにはどうしたらよいのか、国内・海外での事例を直接見る、聞く、ディスカッションの機会を設けるなどの情報収集を継続して行っていく必要があります。
<トレーニング>
■パラリンピック競技選手へのサポート方法検討
パラリンピック競技選手に対して、どのように出産後のトレーニングサポートを実施していくことが可能・不可能なのか、検討する必要があります。今回パラリンピック競技での支援対象者は最少障害であり、日常生活は健常者とほぼ同じレベルでした。そのため今までのサポートと大きく異なることなくトレーニングを進めることができましたが、障がいにも様々な種類や程度があり、このようなケースは稀ではないかと考えます。サポートを受けてもトレーニングの成果を出す事が期待できない可能性もあるため、今後はオリンピック競技だけではなく、パラリンピックの競技団体とも連携を図っていくことが望まれます。
<心理>
■非アスリートとの比較
女性アスリートが、妊娠・出産を通してアスリートとしてのアイデンティティを再構築する心理的作業が、アスリートゆえのものなのか、女性特有のものなのかについては確認を行ってきました。得られた知見は、今後産後復帰を望むアスリート自身の準備、アスリートを取り巻く周囲の理解及び心理サポートの充実・発展に寄与すると考えられるため、知見の積み重ねが求められます。
<栄養>
■妊娠期・産後期アスリートの栄養サポート体制の構築、評価マニュアルの活用
2020年度以降、JISSにおいては、既存の栄養相談の枠組みの中で妊娠期・産後期アスリートを受け入れる体制を構築していく流れにあります。地方においては、2019年度に三重県で産後期トレーニングサポートが行われ、JISSでは当プロジェクトにおけるサポート手順をまとめた田澤ら(2019)による論文を用いて情報提供を行いました。今後は妊娠期・産後期アスリートの評価マニュアルの活用が望まれます。妊娠期・産後期アスリートの栄養サポート経験がない、公認スポーツ栄養士、管理栄養士においてもこれらの情報提供がサポートの参考になればと考えています。
<参考文献>
1)布施陽子:出産と理学療法、理学療法MOOK20 ウィメンズヘルスと理学療法、p35-64、三輪書店、2016
2)田舎中真由美:産後女性の機能検診 理学療法MOOK20 ウィメンズヘルスと理学療法、p65-72、三輪書店、2016
3)Diane Lee,腹直筋離開と産後女性の体幹―その計上と機能の関係.石井美和子ほか編集,理学療法MOOK20ウィメンズヘルスと理学療法,p73-84,三輪書店,2016年.
4)Kari Bo, et al, Exercise and pregnancy in recreational and elite athletes:2016/17 evidence summary from the IOC Expert Group Meeting, Lausanne. Part3-exercise in the post partum period, Br J Sports Med 2017;0:1-10
2. 子育て期トレーニングサポートプログラム(育児サポート・再委託)
目的・背景
育児サポートプログラムは、子育てを行いながらトップアスリートとして競技を継続できるよう、アスリートの競技環境を整備することを目的としています。これまで休日練習、大会、合宿での遠征等は、普段の保育園では対応できない場合が多く、また合宿会場や大会会場でも、託児室の設置といった施設環境が整っていないといった現状があり、このような課題解決へのアプローチとして、JISSでは育児サポートにおいて育児にかかる経費の一部を負担することといたしました。
実施概要
競技団体の実態にあった育児サポート内容を企画してもらい事務処理業務を再委託することで、競技団体の状況に合わせたサポートが可能になると共に、競技団体が主体となって選手及びコーチの育児サポートを実施する際の課題等を明確にすることが可能となることから、支援を必要とする選手が所属している競技団体と再委託契約を結びました。
(1)育児サポート支援対象者
3団体を対象としました。
(2)育児サポート対象経費
■育児サポート協力者(以下「協力者」という。)に育児サポートを依頼する。
■一時保育やシッター派遣サービスといった民間又は公的なサービスを利用する。
上記のとおり、育児サポートの形態を大きく2つに分類し、育児サポート対象となる経費を整理しています。また、経費の対象を定める際は、長期遠征、休日練習及び競技大会といった、普段の保育園等では対応できないような、アスリート特有の状況下で発生する経費であることを基準とし、普段通園する保育園の経費や、選手の休暇時に協力者に育児サポートを依頼する場合の謝金等は対象外としています。
得られた成果
練習場の育児環境整備など事業終了後も見据えて競技団体が実施したことは、再委託をしたことで、プログラムの還元及び普及につながると考えられます。また、再委託先には成果報告を年度末に行っていただきました。
課題と今後の方向性
今回の再委託は、平成30年度の反省も踏まえ、また2年目ということもあり、公募から契約締結までの事務手続きがスムーズに進みました。2団体は事業開始が4月より始めることができ、競技団体も予定して計画を立てることができたと思われます。1団体は、令和元年10月からの締結となりました。支援決定から締結までは迅速に進み、平成30年度の課題が生かされました。今後は、事務手続きのマンパワー不足のため申請できないアスリートのため、各競技団体、スポーツ団体、関係者等に「自立したサポート環境の整備」を通して、重要性、有用性の認識を促し、働きかけます。
3. 地域連携支援ロールモデルプラン
目的・背景
JISSでは、2014年度から11名の女性アスリートが支援対象として、妊娠期・産後期トレーニングサポートプログラムを実施してきました。プログラムを遂行していく中で、産後競技復帰を目指し、本事業の支援を希望しているにも関わらず、地理的な関係からJISSでの支援を受けることが難しい選手が存在しました。また、妊娠、出産、育児から円滑な早期競技復帰を目的に、産後評価、多分野連携、支援体制の整備(託児室、育児サポート)が重要であることがわかりました。今後、JISSと同じような体制を地方自治体、各競技団体、地域スポーツクラブ等で実施できるよう、マニュアル作成や伝達研修を実施していくこととしました。
実施概要
NFや地域の特性に合わせた妊娠期・産後期トレーニングサポートプログラムを実施しました。JISSが行ってきた産後評価の方法や支援体制等を他の組織でパッケージとして実施しました。中央競技団体の指導のもと、勤務先、所属チーム、チームの所在地方自治体、地域の専門家(産婦人科医、理学療法士、栄養士、心理専門家等)が連携を図り、JISS専門スタッフから伝達を行いました。アスリートの競技復帰への支援を行い、一つのモデルケースとしてその経過をモニタリングしました。
また、この取組みを広く周知するために、10月29日(火)に実施されたハイパフォーマンススポーツカンファレンスにて発表を行いました。セミナー「女性アスリート支援のその先~みんなでつくるスポーツの未来~」では、「女性アスリート支援プログラム」の地域展開の事例紹介を行い、女性アスリートに対する支援の今後の展望について考える場としました。ミニセッション「女性アスリートに必要な支援を探る」では、テーマを「地域と連携した女性アスリート支援のカタチ」として、身体機能評価の伝達について発表し、伝達する上で得られた知見や課題を参加者へ共有する場としました。
JISS が妊娠期、産後期アスリート支援で得られた経験をまとめた「妊娠期・産後期アスリートの評価サポートマニュアル」を作成し冊子を発行しました。今後、地域へ伝達のために役立てることができます。
(公財)日本ハンドボール協会への展開例
JISSで実施している産後期トレーニングプログラムを中央競技団体の指導の下、地域スポーツクラブで展開した例をご紹介いたします。
今回この対象となった選手の所属する公益財団法人日本ハンドボール協会の指導の下、勤務先、地域スポーツクラブ、クラブの所在地方自治体(三重県鈴鹿市)、地域の専門家(婦人科医、理学療法士、管理栄養士、スポーツメンタルトレーニング指導士等)が連携を図りました。三重県内でこの選手の競技復帰への支援を行うこと、また一つのモデルケースとしてその経過をモニタリングすることを目的としました。
運動機能評価方法の伝達
JISSからチームトレーナー(理学療法士)へ骨盤帯を中心とした運動機能評価の方法を伝達しました。骨盤底筋等の体幹深層筋は触診と超音波画像診断装置を用いて評価します。
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チームトレーナー(理学療法士)による運動機能評価
評価結果を元に運動負荷の設定やプログラムの策定を行います。結果によっては医師や栄養・心理スタッフ等他の専門家に相談する必要があり、他分野との連携も重要です。
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評価を元にトレーニングプログラムを策定・実施
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評価を元にトレーニングプログラムを策定・実施
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得られた成果
支援体制の持続可能性を鑑みつつ、遠隔者へのサポートとして伝達研修が実施できました。特に、地域のスタッフに機能評価の内容を共有し、その後実技も含めて直接伝達ができました。本事業を地域に伝達するにあたり、対象選手自身やサポートスタッフの希望や意向を聞きながら、JISS主導で介入時期や方法を決めることが、個々の実態に応じた受け入れ体制の整備につながりました。選手自身にもJISSでの機能評価に関するサポートを受ける機会が創出でき、地域で実際に行っているサポートとの比較もできたことが良かったです。地域連携支援ロールモデルプランの成果や課題等を、ハイパフォーマンススポーツカンファレンスにおいて参加者に広く紹介できました。
課題と今後の方向性
競技復帰までの経過で、所属チーム、NF、都道府県協会、都道府県体協、勤務先、地方自治体、大学、病院等と連携して、女性アスリートの個々に応じた支援体制の構築が求められます。JISSのように各分野の専門家が同じ場所にいる訳ではないため、分野によっては専門家を探す事に苦慮しました。その場合は、統括する団体等に問い合わせることや、近隣の地域も視野に入れて探すべきです。地域のスタッフの担当者が主体となって動きやすいようにと、専門家同士で定期的な情報交換や連絡はしていませんでしたが、事前に時期を決めて連絡を取り合うことも考えられます。今回、地域スタッフへの直接的な伝達は実施できましたが、機能評価で使用するエコー等が使えない場合もあるので、機器等についても事前に確認して、予備としてポータブルの準備も考慮する必要があります。今後については、マニュアルの作成を行いましたが、産後の身体特性に合わせた個々のサポートは紙面では伝えきれない情報も多くあります。伝達研修の開催等を行いながら、多くの地域・カテゴリーで妊娠期・産後期のサポートができる環境づくりが望まれます。
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